人を羨んでしまう時 Category: ひとりごと
Posted at 07/04/05 PermaLink» Comment(5)» Trackback(0)»
幼稚園とか、学校とか、いろいろな教育機関とか…
そういう所に、長く関わっていくと、
だんだん、その現状が…ベールの内側まで見えてくる。
幼稚園とか、学校とか、いろいろな教育機関とか…
そういうところで、何度もハナシをしていると
相手にも本音と建て前があることが、ハッキリと分かる。
幼稚園とか、学校とか、いろいろな教育機関とか…
そういうところは、無条件にワタシたちのために
アレコレを考えてくれると思ってしまうのだが、
それは、思いこみかもしれない。
幼稚園とか、学校とか、いろいろな教育機関とか…
今どきは、そいういうところの人たちも、大変。
だから、彼らにも優先順位がある。
現状では、仕方がないのかも知れない。
幼稚園とか、学校とか、いろいろな教育機関とか…
そういうところにいる人たちも、いろいろな問題を抱えているから。
それは、時には、家庭でされるべきことだったり、
政治や社会が生んだ歪みであったり、また上司の命令であったり…。
要するに、本来、彼らの仕事ではないことにも、追われている。
そこにで「仕事」をしている彼らだって、ひとりひとりの「個人」なのである。
だから、幼稚園とか、学校とか、いろいろな教育機関とか…
そういうところや、そこにいる人たちのことを
良いとか悪いとか、安易な判断が出来なくなった。
そこは、「良い人でいなくてはならない」職場だしね。
もともと、全ての人が「良い」といえる状況なんて、
現実にはあり得ないのだし。
それぞれが、本音と建前のバランスの中で折り合いをつけて
納得していかなくてはならないのだし。
アチコチで、よく聞く言葉だけど、
「良い現状」って、「良い学校」って、なに?
ある人にとっては「良い学校」でも、
別の条件の人にとっては「そうでない」かもしれない。
「良い現状」に満足している人の多くは、
「そうではない」人の存在を考える機会はほとんどない。
現状を「まあまあ。」とか「可もなく不可もなく。」とか、
そう思える人って、それだけで、幸せだと思う。
そういうお母さんたちが、アチコチの会話で
日々の子育てをグチったり、励まし合ったりする。
まれに、笑顔で聞きながら、何とも言えない不快な気分を
カラダの真ん中の方に、無理矢理に押し込む時がある。
この人たちって、現状は何にも知らないんだよなぁ。
知らなくても困らないし、知る必要もない。
世の中には、こうして暮らしている人の方が
圧倒的に多いんだよなぁ。
…人の気持ちを深く考えない発言、するんだよなぁ。
結局のところ、知れば知るほど、
自分だけが頼りだと思う、この国の教育の現状…
そう思うことが、最近、少しずつ増えてきた。
さ、今日もがんばろっ。
「ごくまれに 無意味な比較 自己嫌悪」
ほんっと、嫌なんだよね、こういう時の自分って。
強妻頑母浄化推進ワンクリック、よろしくぅ!→
"人を羨んでしまう時"へのトラックバック
トラックバック先URL
新着トラックバック
月別アーカイブ
- 2008年05月 (6)
- 2008年04月 (9)
- 2008年03月 (12)
- 2008年02月 (11)
- 2008年01月 (11)
- 2007年12月 (4)
- 2007年11月 (8)
- 2007年10月 (11)
- 2007年09月 (13)
- 2007年08月 (12)
- 2007年07月 (13)
- 2007年06月 (17)
- 2007年05月 (14)
- 2007年04月 (14)
- 2007年03月 (22)
- 2007年02月 (21)
- 2007年01月 (21)
- 2006年12月 (14)
- 2006年11月 (13)
- 2006年10月 (13)
- 2006年09月 (18)
- 2006年08月 (29)
- 2006年07月 (17)
- 2006年06月 (21)
- 2006年05月 (23)
- 2006年04月 (24)
- 2006年03月 (25)
- 2006年02月 (23)
- 2006年01月 (27)
- 2005年12月 (21)
- 2005年11月 (24)
- 2005年10月 (20)
- 2005年09月 (17)
フィード
Powered by Movable Type
Template by MTテンプレートDB
Supported by Movable Type入門
"人を羨んでしまう時"へのコメント
CommentData » Posted by まこ at 07/04/05
「知らない」ことは、時に罪ですね。。。。
人間は『すべてを知ることはできない』から、どうしようもないけれど。
けれど、けれど、「世の中には、いろんな、いろんな人がいるんだ」ってこと、
「隣の人もまた、複雑な日常を抱えて生活している人間なんだ」ってこと
心にとめておかなければなりません。
人は自分が「普通」でそれ以外ないような、もしくはあっても「異常」なことに
感じて、嫌悪感や、不必要な興味をひいたり・・・
知り合いで、元気そうなんですが持病があり、余命が数年といわれてるママがいて、
「子供が小学校にあがったら・・・中学は・・・」なんていう未来の話をされるのが
すごく辛い、と。
でも、彼女の健康状態を知らない人たちの、そういう会話まで誰が制限できるのでしょう。
彼女は言ってました。「それでもいい。みんなに私の辛さをわかってもらいたいとは思わない。
幸せな人は、その幸せを十分に自分で理解して大切にしてほしいの」
お役所も、学校も、先生も、構成員は結局人間。
その人間の小ささを感じて嫌気がさすこともありますね・・・
でも、心ある人間だからこそ生まれるパワーや暖かさもきっとあるはず!
まとまりのないコメントでごめんなさいね。
CommentData » Posted by ノア at 07/04/05
そうだね。だいたいおかあさんたちの先生に対する評価も年によってちがうしね。
うちの子は、頼りないんだけど、どんな先生にあたっても、どんな子と一緒になっても、なんとかやっていってくれるんじゃないかと思う。
わたしが学校に電話をするときって、本当によっぽどのことがあったときだよ。もう学校にいるあいだは、学校にまかすしかないと思う。
先生にも「おまかせします」と言うしね(笑
おかあさんたちとの会話で「ええっ?!」と思うときは、ときどきあります。
そんなに自分の子の都合に合わせてもらってばかりで、社会に出たらこの子どうするんだろう・・・って思うときもある。親がいなくなったとき、どうするんだろうって。
守って保護してやることだけが愛情じゃないと思う。
勉強だけじゃなくて、楽しく過ごすだけじゃなくて、社会に出てやっていけるだけの力をつけてやりたいね。
同じく長々と・・まとまりのないコメントでごめんね。
CommentData » Posted by ibu at 07/04/06
>この人たちって、現状は何にも知らないんだよなぁ。
知らなくても困らないし、知る必要もない。
知らない方が幸せかもしれないと思うことを、知ってしまってからは
ものの見方が違ってきますよね。
同じく経験しなくてもいいようなことを経験してしまったら、
周囲の人よりもっと物事の本質が見えてきて、そのために
自分自身が苦しくなることもあります。
CommentData » Posted by zunko at 07/04/06
私が娘の成長を母親に「○○したよ!」とか「△できるようになった」と報告すると、一緒に喜んでくれ、その後「本当に、ありがたいことなんだよ。『一度でいいから”お母さん”と言って欲しい』と願っているお母さんもいるんだよ。こうやってはいはいして、つかまり立ち、あんよが出来るようになって・・・っていうのは出来て当たり前のように思うかもしれないけど、本当に感謝しないといけないんだよ。」と言われます。
本当に。有難いことです。
有ることが難しいから”ありがたい”んですよね。
最近思うのは、人様のことは分かりませんが、”分かりたい”と思い続けることが大事なんだと。他人の気持ちなんて一生分かりませんが、歩み寄る努力が大切なんでしょうね。
マムさんの記事とまこさんのコメントに触発されて、書き込んでしまいました。私自身は今のところ何もありませんが・・・人の命が簡単に消えてしまうことを実感する毎日、普段のなにげない時間を大事にしたいと思います。
CommentData » Posted by アンティーク・マム at 07/04/07
☆まこさん
とても参考になるお話をご紹介いただき、ありがとうございます。
そのお友達の仰るとおりなんですよね。
誰も、相手の考えや意見を制限することはできない。
何も、こっちのことを丸ごと判って欲しいと言うのでもない。
ただ、「あなたたちは、それでも、とても幸せなんだよ。」と、言ってしまいたい衝動に駆られることもあるのです。
そのお友達の気持ちを想うと、ワタシなんて、まだまだだなぁ。
世の中には、自分よりもっともっと大変な人がいて、それでも頑張ってる。
そう思うと、今の自分がとても幸せに思えて、頑張ろうと言う気持ちにさせてくれるものなんですよね。
書こうとしたこと、そのままに受け取られたコメント、とても嬉しく思いました。
ありがとう!
☆ノアさん
そう…他人の評価はアテになりませんよね、相性もあるし。
ただ、そう言うことを全く考えずに、噂を作っていくだけのお母さんも余りに多い気がします。
軽く会話をしているつもりが、噂になっていく…そのことさえ、認識されていないでしょうね、殆どのお母さんは。
ワタシは、そう言う会話ではあまり発言しません。
ま、内情をしっていて、うっかり口を滑らせるのも怖いですし。
でも、なにより、確かではないことを、さも見てきたかのように話すお母さんたちとの会話、気がすすみません。
学校はね、基本的には親から言われることを、放っておくわけにはいかない。
放っておけば、また、何を言われるか、わかりませんから。
そういうくだらない親につくられた雑務に追われる先生方も、大変です。
だから、必要なことにまで、手が回らなくなる。
いや、書けばきりがないんですけど…あまり内情暴露してもまずいので。
☆ibuさん
確かに、そうですね。
でも、石橋をたたいて渡るタイプの人間にとっては、たとえ負った荷物が重くなろうとも、確かな情報が欲しいわけです。
この世の中で起こることには、意味のないことはない…と言いますから、その時は必要でないと感じても、きっと、その人にはあとから必要だったと思える…そんな出来事もあるのではないかと思って、日々過ごしています。
☆zunkoさん
子育てをしていると、特に子供の成長について、敏感になります。
でも、子育てとは別のトコロでも、本当に、イロイロな人がいます。
その人たちの全ての事を理解するのは、本当に難しい。
でも、そういう視点で見ていると、時に、自分の悩みなど小さく思えることもあるものです。
zunkoさんの仰る歩み寄る気持ち…大切だと思います。
とても温かいお母さんの視点でのコメント、ありがたく思いました。