上手に聞き出そう。 Category: カタル…
Posted at 06/10/13 PermaLink» Comment(9)» Trackback(0)»
「全く気がつかなかった。」
子供の、『いじめ』による自殺などの報道で、こういう状況を聞くと、
いつも、考える。
ワタシでも、そういう事になるだろうか。
本当に、全く気づけないものだろうか。
子供が、自殺まで考えるほど苦しんでいるのに、
何のサインも、見出せないのであろうか。
実は、この疑問について、ワタシには、まだ、答えが出せない。
確信を持って言えるだけの、経験も知識も、不足している。
…と言う訳で、一応、我が母親の例をあげておく。
ワタシは、人生最初のいじめに遭遇した小学生のとき、やはり、
母に言えなかった。
当時の母は、3人の子供を抱えて、肉体的にも経済的にも、
そして精神的にも、ギリギリの生活をしていた。
しかも、4人兄弟の末っ子で、父とは6歳も歳は離れいていた母と、
幼い頃から、近所でシッカリ者だった、長女の私…だ。
そんな親子関係だったから、母に言うのを躊躇した。
だから、毎日、当時、住んでいた社宅の倉庫で泣いたあと、
2階にある自宅へ、平然と帰っていたのだ。
心配をかけたくなかったと言うのもある。
が、弱いと思われるのも、悔しかった。
長いこと、母は、気が付かなかった。
だが、いじめがエスカレートして、人数が増えていくと、
こっちの辛さも増してきた。
少し、知って欲しかったのかもしれない。
ある日、ワタシは、泣き顔が少し残る程度で、ウチに帰った。
もちろん、母は、一発で気付いたが、
そこへいた、知人のおばさんは、全く気づかなかった。
その時、ワタシは、母の愛情を確認でき、話す事ができた。
…ま、既に、解決不能であり、こんな事になったのだけど。
その頃のワタシの写真は、どれも、表情が暗い。
学校での写真はもちろん、家族旅行や、うちでの写真全ての表情に、
笑っているのだけど、影がある。
その頃は、そのことに気がついていなかったのだが、
写真は、取られるのも、見るのも、好きで無かった。
母は、そのことを長く口にしなかったが、当然、気付いていた。
「表情と感情の微妙な変化で、その時期の浮き沈みが解かった。」
…と、ずいぶん後から、話していた。
だが、ワタシが遭遇した事例は、この一件だけ。
これだけで、子供が死を選ぶまで、見抜けないかどうか…
と言う疑問に、答えを出す事は出来ないのだ。
…出来ないのだが、これまでの知識の範囲で、
子供を守る方法について、少し、考えてみたい。
子供たちが最初に『隠す』理由の多くは、
「親が心配するから」だそうだ。
もちろん、成長して来るにつれ、純粋に「心配をかけたくない」
という子もいるだろう。
が、年齢が少ない子供たちは、少し違う。
自分がいじめにあっていながら、親のことまで心配できるほど
余裕のある子は少ない。
つまり子供たちは、「心配」と言うより、
親に話す事に、何か、漠然とした「不安」があるのだろう。
もちろん、「親に言いつけたら仕返しが怖い」などという、
具体的な不安もあるだろうが、それよりもむしろ、
自分の置かれている立場を、客観的に把握できないがゆえに、
どういう行動をとっていいのか、わからないのであろう。
そういう意味では、「隠す」と言うよりも、「我慢している」と
言ったほうが良いのかもしれない。
この我慢も、「我慢出来ている」と、「我慢している」では、
大いに違うとおもうのだが。
さて、ココからが、本日の本題。
この、「隠す」と「親の言動」との関係について…である。
「おかぁさぁん!○○ちゃんが、△△したぁーー!」
幼い子は、何でもすぐに、親に訴えるコトが出来る。
だが、成長するにつれて、何でもかんでも、親にいう事を、躊躇し、
都合の悪いことは、言わなくなる。
初期の段階で、親に言わない…というのは、ある意味、
成長のあかし…とでも言うのか、ま、自立心の芽ばえと言えよう。
「どうしよう。」「なんとか…できる。」と、
まだ、考える余裕もある段階だ。
これは、多かれ少なかれ、どの子にもある行動であろう。
だが、子供たちの話を聞いていると、どうも、少し違う場合がある。
「親が過剰反応すると思うと、言えない…。」と言うパターンだ。
実はワタシは、頼まれて、よその子供と話す機会があるのだが、
親には全く言わなかったことも、子供たちは、話してくれたりする。
もちろん、第三者だから、親に言うのとは違うかもしれない。
だが、別の理由があることも…。
子供たちは、悩みを大人に相談したいと思う反面、
自分の想いと違うやり方では、関わられたくないと思っている。
だが、親の方は、子供に何かが起こると、状況を出来るだけ詳しく
知りたいものだから、焦るあまり、質問攻めにしたり、
怒りや悲しみ、驚きをあらわにしたり、時には、イライラしたり、
また、過去にさかのぼり、詳しく聞きだしたり…してしまう。
その親の状況を、子供は、とても、敏感に感じ取る。
それを望んでいる子供の場合は、問題ないのかもしれないが、
多くの子供の場合は、負担に思うようだ。
だから、次は、このくらいは言うのをよそう…と思う。
子供が、悟られないようにするものだから、次に同じコトがあると、
親は、もっと慌てて、どんどん過敏になって行く。
子供たちは、よりいっそう言わなくなり、そのうちに問題の方が、
だんだん深刻になってくる…というような、悪循環になりかねない。
こうなると、子供たちは「言わない」事に、多くのエネルギーを使い、
外でもウチのなかでも、我慢しなくてはならなくなる。
この悪循環を断ち切るために、出来る事は、タダ一つ。
何かが起こったとき、まず、親は、グッと冷静になってみたい。
冷静になり、少し、大きく事の全容を見つめると、
新たに、解かってくることもある。
こうして、自分が冷静になってから、子供とハナシをする。
この時、同じ事を聞きだすにも、ちょっとしたコツがある。
まず、帰って来るのを待ち構えたり、本人を呼びつけたり、
いきなり本題に入ったり、しない。
別の話題から少しずつ、話題を変えていくのだ。
この方法だと、子供たちは、隠そうと構えていないので、
不意をつかれて、本音を話し出したり、たとえ言ってくれなくても、
表情に出てしまったりする。
もし、ココで、子供のガードが少し緩んだら、チャンスである。
ただし、この時、絶対に守って欲しい事がある。
「絶対に、質問攻めにしないコト」だ。
普段から、強い口調で「○○は、どうだったの?」とか、
「△△は、コウだったんじゃないの?」という言い方が、
口癖になっているお母さんは、意外と多い。
この、お母さんの質問…。
実は、子供たちは、きちんと答えられない場合が多い。
子供たちは、自分の目に入った『事実』については答えられても、
それ以外の事は、答えられない。
子供の中では、因果関係とか、相手の心情や先生の対応などが
全て整理されているわけではないのだ。
しかも、子供たちは、主観的に物事をとらえている事も多く、
「事実」と「認識」が違うという場合もある。
子供は、上手く伝えられないことは、言いたくない。
きちんと答えられないことは、質問されたくない。
…だから、話すのを躊躇するのだ。
「そんな、無責任な…親だから、知りたいのは当たり前よ!」
そんな声が聞こえてきそうだが…。
もちろん、親は知らなければならない。
要するに、上手い聞き出し方を、考えて欲しい…という事だ。
「○○は、どうだったの?」「△△は、コウだったんじゃないの?」を
「最近○○は、どう?」などという言い方に、
厳しい口調を、穏やかに変えるだけで、子供は少し楽になる。
そして、「先生に聞いたんだけど。」などとは、決して言わない。
ココでは大切なのは、子ども自身が「言おうか?」「言うまいか?」を
自分で選択できる言い方をして、その時の様子を確認する事である。
そして、ココで聞けなくても、焦らない。
親は「いつでも、言って良いわよ。」という雰囲気だけを伝えたい。
そして、もし、子供が少しでも話し始めたら、もうひとつ、
大切なことがある。
それは、「最後まで口を挟まないこと。」
言って良いのは、「ああそう。」とか、「そうなんだ。」など。
途中でコメントを入れたり、「それでどうなったの?」とか、
「それは、こうじゃないの?」なんて、もってのほか。
急かしては、全てを吐き出すことが出来ないのだ。
どうしても、状況の解からない場合は、子供の言った言葉を
反復したりしてみる。
「コウだったんだけど…」
「こうだった…のね、それで?」
という具合に。
やむなく質問する場合も、直接的な言い方にならなよう、注意したい。
とにかく、子供にから、無理に聞き出そうとしてはいけない。
子供が言いたくなった事だけを、シッカリ聞いてやるのである。
こうして、子供たちの話を、注意深く聞きながら、
『我が子の目から見た事実』を把握していく。
それは、もしかしたら、子供たちの思い込みかもしれないし、
全てが事実ではないかもしれない。
だが、絶対に『訂正』や『否定』をしてはいけない。
もちろん、全部をそのまま信じるもの、良くないけど。
そして、全てを聞いた後、こう言うといい。
「そう、それで、お母さんにして欲しいことがあるかな?」
「そう、お母さんにしてあげられることは、あるかな?」
そこで「お母さんは、あなたを悪いようにはしない」という気持ちを、
伝えられれば良いのだが、これも、直接言葉にすると、負担になる。
子供は、「何もない。」というかもしれない。
ココで親は、本当にそれで良いのかどうか、判断しなければならない。
ワタシとしては、明らかに「何か、しなければならない」場合意外は
「そう、解かったわ。でも、出来ることがあったら、言ってね」で
いいような気がする。
一方で、場合によっては、事実関係を知る努力も必要である。
この時、後から子供に「裏切られた。」と思われないよう
細心の注意を払いたい。
自分にできる方法で、一番いい方法を考えていく。
信頼できる先生やお母さんに、様子をきいてみたり、
子供の言動に、注意してみたり…。
家庭の方針や子供の性格にあった、最良の方法で事実確認をしながら、
冷静に判断すべきだ。
前の記事にも書いたが、いたずらに子供を守る事が
必ずしも、その子の為になるとは限らない。
完全に守られた子供は、困難に対する免疫がないので、
大人になっても、人間関係のバランスを取る事が苦手になる。
そして、少しでも自分に合わないと、「ダメ」「嫌い」になる。
しかも、上手く行かないと「いじめられた」と思う事も多い。
だが、実際には、大人の人間関係は、そうあってはならない。
複雑な人間関係のなかでも、出来るだけ衝突を避けるよう、
相手の感情をかわしたり、自分の気持ちを抑えたりすることも、
時には、必要である。
だが、これも、大人になったからといって出来るものでなく
やはり、子供の頃からの経験を通して、身につくのであろう。
そういう意味でも、前に書いたように
「いじめか、否か」を見極めることは、大切である。
もちろん、「いじめ」だけではなく、我が子の本当の姿を
きちんと知るための努力を、怠らないことが大切である。
「正しく知り、必要なことだけを、出来ることから、やっていく。」
ワタシは、これが、子供を守ることの基本だと思っている。
確かに、年齢が上がってくると、判断は難しくなってくるだろう。
自我が確立され、親への反抗心も現れてくる。
だが、いざとう時に、『親』の威厳が発揮できない親子関係には
そこへ行き着きくまでの過程に、少し問題があるのかもしれない。
ともかく、
「子供のいじめを、自殺するまで、全く気付かなかった。」とか、
「ウチの子のコトは、もう、全く解からない。」とか、
そういう状況だけは、避けたいと思う強妻頑母である。
「手は離しても、目は離さない。」
ワタシは、このやり方で、子供の成長を見守っている。
これからも、子供たちを知る努力をしていこうと思う。
幼い頃から、我が子を知る努力をしつつ、いざという時のために
親の力を養っておくコトも、必要かもしれない。
☆参考までに☆
少し、内容からそれるかも知れないのだが、最後にひとつ、
以前、講演で聞いた内容を、書き足しておきく。
「いじめられにくい子」
実は、いじめる側にとって、ターゲットは誰も良かったりする。
このターゲットにならなければ、いじめに悩むことも無いわけだ。
さらに、たとえターゲットになっでも、結局、『いじめに至らない』
…そんなタイプの子がいるらしい。
それは、「反応がない(少ない)」子だそうだ。
いじめる側の子供には、実は、理由がどうこう…というよりは、
その子自身の心に、問題がある場合も少なくない。
いじめる側の生活環境に、ストレスや問題がある場合も多いのだ。
こういう子にとっては、原因など、あってないようなものだから、
いじめられる側が、アレコレ努力しても、いい結果が出にくい。
では、いじめられにくいタイプとは、どんな子なのか。
それは、『いじめ』に至る初期段階で、
「コイツ、いじめても、ちっともおもしろくねぇ。」
と思わせる子なのだそうだ。
反応が少ない、動じない、自然に距離をおく…こういうタイプの子を
突っついているコトが、次第にストレスになるらしく、『いじめ』の
ターゲットがかわっていくらしい。
もちろん、年齢にもよるだろうが、これを無意識にして、
実際にいじめを回避している子供も、居るというのだ。
無意識に…というのは、難しいだろうが、たとえば意識的にでも、
少しでもそうできると、結果はずいぶん違ってくるのかもしれない。
☆おまけ☆
余談だが、ワタシは、子供の表情をとらえるのが、得意である。
いや、得意というよりは…意識の中に、飛び込んでくる。
街を歩いていても、子供の表情で、親子関係がわかってくる。
だから、子供たちが、一瞬見せる、
何ともいえない抑えた表情が、苦手である。
そして、たいていのお母さんは、それに気づいていなコトが、
とても、悲しいワタシである。
忙しい時こそ、ときどき、子供の表情をじっと見てほしい…。
☆あとがき☆
さて、この記事をいつまでも書き上げられないでいる間に、
我が子が、とんでもないトラブルに巻き込まれ、
マサに、強妻頑母の力が試されるような出来事がおこった。
おかげで、またしても、爆走週間だった、強妻頑母である。
次は、この記事?…だと思うのだが、そのほかの下書きたちは、
いつ記事に出来るのだろうか。
…いくつかは、時間のズレと共に、ボツになることだろう。
「困ったな、次々事件、降りかかる。」
…解決が追いつかない、てな、ワタシを応援してね。→
子供の、『いじめ』による自殺などの報道で、こういう状況を聞くと、
いつも、考える。
ワタシでも、そういう事になるだろうか。
本当に、全く気づけないものだろうか。
子供が、自殺まで考えるほど苦しんでいるのに、
何のサインも、見出せないのであろうか。
実は、この疑問について、ワタシには、まだ、答えが出せない。
確信を持って言えるだけの、経験も知識も、不足している。
…と言う訳で、一応、我が母親の例をあげておく。
ワタシは、人生最初のいじめに遭遇した小学生のとき、やはり、
母に言えなかった。
当時の母は、3人の子供を抱えて、肉体的にも経済的にも、
そして精神的にも、ギリギリの生活をしていた。
しかも、4人兄弟の末っ子で、父とは6歳も歳は離れいていた母と、
幼い頃から、近所でシッカリ者だった、長女の私…だ。
そんな親子関係だったから、母に言うのを躊躇した。
だから、毎日、当時、住んでいた社宅の倉庫で泣いたあと、
2階にある自宅へ、平然と帰っていたのだ。
心配をかけたくなかったと言うのもある。
が、弱いと思われるのも、悔しかった。
長いこと、母は、気が付かなかった。
だが、いじめがエスカレートして、人数が増えていくと、
こっちの辛さも増してきた。
少し、知って欲しかったのかもしれない。
ある日、ワタシは、泣き顔が少し残る程度で、ウチに帰った。
もちろん、母は、一発で気付いたが、
そこへいた、知人のおばさんは、全く気づかなかった。
その時、ワタシは、母の愛情を確認でき、話す事ができた。
…ま、既に、解決不能であり、こんな事になったのだけど。
その頃のワタシの写真は、どれも、表情が暗い。
学校での写真はもちろん、家族旅行や、うちでの写真全ての表情に、
笑っているのだけど、影がある。
その頃は、そのことに気がついていなかったのだが、
写真は、取られるのも、見るのも、好きで無かった。
母は、そのことを長く口にしなかったが、当然、気付いていた。
「表情と感情の微妙な変化で、その時期の浮き沈みが解かった。」
…と、ずいぶん後から、話していた。
だが、ワタシが遭遇した事例は、この一件だけ。
これだけで、子供が死を選ぶまで、見抜けないかどうか…
と言う疑問に、答えを出す事は出来ないのだ。
…出来ないのだが、これまでの知識の範囲で、
子供を守る方法について、少し、考えてみたい。
子供たちが最初に『隠す』理由の多くは、
「親が心配するから」だそうだ。
もちろん、成長して来るにつれ、純粋に「心配をかけたくない」
という子もいるだろう。
が、年齢が少ない子供たちは、少し違う。
自分がいじめにあっていながら、親のことまで心配できるほど
余裕のある子は少ない。
つまり子供たちは、「心配」と言うより、
親に話す事に、何か、漠然とした「不安」があるのだろう。
もちろん、「親に言いつけたら仕返しが怖い」などという、
具体的な不安もあるだろうが、それよりもむしろ、
自分の置かれている立場を、客観的に把握できないがゆえに、
どういう行動をとっていいのか、わからないのであろう。
そういう意味では、「隠す」と言うよりも、「我慢している」と
言ったほうが良いのかもしれない。
この我慢も、「我慢出来ている」と、「我慢している」では、
大いに違うとおもうのだが。
さて、ココからが、本日の本題。
この、「隠す」と「親の言動」との関係について…である。
「おかぁさぁん!○○ちゃんが、△△したぁーー!」
幼い子は、何でもすぐに、親に訴えるコトが出来る。
だが、成長するにつれて、何でもかんでも、親にいう事を、躊躇し、
都合の悪いことは、言わなくなる。
初期の段階で、親に言わない…というのは、ある意味、
成長のあかし…とでも言うのか、ま、自立心の芽ばえと言えよう。
「どうしよう。」「なんとか…できる。」と、
まだ、考える余裕もある段階だ。
これは、多かれ少なかれ、どの子にもある行動であろう。
だが、子供たちの話を聞いていると、どうも、少し違う場合がある。
「親が過剰反応すると思うと、言えない…。」と言うパターンだ。
実はワタシは、頼まれて、よその子供と話す機会があるのだが、
親には全く言わなかったことも、子供たちは、話してくれたりする。
もちろん、第三者だから、親に言うのとは違うかもしれない。
だが、別の理由があることも…。
子供たちは、悩みを大人に相談したいと思う反面、
自分の想いと違うやり方では、関わられたくないと思っている。
だが、親の方は、子供に何かが起こると、状況を出来るだけ詳しく
知りたいものだから、焦るあまり、質問攻めにしたり、
怒りや悲しみ、驚きをあらわにしたり、時には、イライラしたり、
また、過去にさかのぼり、詳しく聞きだしたり…してしまう。
その親の状況を、子供は、とても、敏感に感じ取る。
それを望んでいる子供の場合は、問題ないのかもしれないが、
多くの子供の場合は、負担に思うようだ。
だから、次は、このくらいは言うのをよそう…と思う。
子供が、悟られないようにするものだから、次に同じコトがあると、
親は、もっと慌てて、どんどん過敏になって行く。
子供たちは、よりいっそう言わなくなり、そのうちに問題の方が、
だんだん深刻になってくる…というような、悪循環になりかねない。
こうなると、子供たちは「言わない」事に、多くのエネルギーを使い、
外でもウチのなかでも、我慢しなくてはならなくなる。
この悪循環を断ち切るために、出来る事は、タダ一つ。
何かが起こったとき、まず、親は、グッと冷静になってみたい。
冷静になり、少し、大きく事の全容を見つめると、
新たに、解かってくることもある。
こうして、自分が冷静になってから、子供とハナシをする。
この時、同じ事を聞きだすにも、ちょっとしたコツがある。
まず、帰って来るのを待ち構えたり、本人を呼びつけたり、
いきなり本題に入ったり、しない。
別の話題から少しずつ、話題を変えていくのだ。
この方法だと、子供たちは、隠そうと構えていないので、
不意をつかれて、本音を話し出したり、たとえ言ってくれなくても、
表情に出てしまったりする。
もし、ココで、子供のガードが少し緩んだら、チャンスである。
ただし、この時、絶対に守って欲しい事がある。
「絶対に、質問攻めにしないコト」だ。
普段から、強い口調で「○○は、どうだったの?」とか、
「△△は、コウだったんじゃないの?」という言い方が、
口癖になっているお母さんは、意外と多い。
この、お母さんの質問…。
実は、子供たちは、きちんと答えられない場合が多い。
子供たちは、自分の目に入った『事実』については答えられても、
それ以外の事は、答えられない。
子供の中では、因果関係とか、相手の心情や先生の対応などが
全て整理されているわけではないのだ。
しかも、子供たちは、主観的に物事をとらえている事も多く、
「事実」と「認識」が違うという場合もある。
子供は、上手く伝えられないことは、言いたくない。
きちんと答えられないことは、質問されたくない。
…だから、話すのを躊躇するのだ。
「そんな、無責任な…親だから、知りたいのは当たり前よ!」
そんな声が聞こえてきそうだが…。
もちろん、親は知らなければならない。
要するに、上手い聞き出し方を、考えて欲しい…という事だ。
「○○は、どうだったの?」「△△は、コウだったんじゃないの?」を
「最近○○は、どう?」などという言い方に、
厳しい口調を、穏やかに変えるだけで、子供は少し楽になる。
そして、「先生に聞いたんだけど。」などとは、決して言わない。
ココでは大切なのは、子ども自身が「言おうか?」「言うまいか?」を
自分で選択できる言い方をして、その時の様子を確認する事である。
そして、ココで聞けなくても、焦らない。
親は「いつでも、言って良いわよ。」という雰囲気だけを伝えたい。
そして、もし、子供が少しでも話し始めたら、もうひとつ、
大切なことがある。
それは、「最後まで口を挟まないこと。」
言って良いのは、「ああそう。」とか、「そうなんだ。」など。
途中でコメントを入れたり、「それでどうなったの?」とか、
「それは、こうじゃないの?」なんて、もってのほか。
急かしては、全てを吐き出すことが出来ないのだ。
どうしても、状況の解からない場合は、子供の言った言葉を
反復したりしてみる。
「コウだったんだけど…」
「こうだった…のね、それで?」
という具合に。
やむなく質問する場合も、直接的な言い方にならなよう、注意したい。
とにかく、子供にから、無理に聞き出そうとしてはいけない。
子供が言いたくなった事だけを、シッカリ聞いてやるのである。
こうして、子供たちの話を、注意深く聞きながら、
『我が子の目から見た事実』を把握していく。
それは、もしかしたら、子供たちの思い込みかもしれないし、
全てが事実ではないかもしれない。
だが、絶対に『訂正』や『否定』をしてはいけない。
もちろん、全部をそのまま信じるもの、良くないけど。
そして、全てを聞いた後、こう言うといい。
「そう、それで、お母さんにして欲しいことがあるかな?」
「そう、お母さんにしてあげられることは、あるかな?」
そこで「お母さんは、あなたを悪いようにはしない」という気持ちを、
伝えられれば良いのだが、これも、直接言葉にすると、負担になる。
子供は、「何もない。」というかもしれない。
ココで親は、本当にそれで良いのかどうか、判断しなければならない。
ワタシとしては、明らかに「何か、しなければならない」場合意外は
「そう、解かったわ。でも、出来ることがあったら、言ってね」で
いいような気がする。
一方で、場合によっては、事実関係を知る努力も必要である。
この時、後から子供に「裏切られた。」と思われないよう
細心の注意を払いたい。
自分にできる方法で、一番いい方法を考えていく。
信頼できる先生やお母さんに、様子をきいてみたり、
子供の言動に、注意してみたり…。
家庭の方針や子供の性格にあった、最良の方法で事実確認をしながら、
冷静に判断すべきだ。
前の記事にも書いたが、いたずらに子供を守る事が
必ずしも、その子の為になるとは限らない。
完全に守られた子供は、困難に対する免疫がないので、
大人になっても、人間関係のバランスを取る事が苦手になる。
そして、少しでも自分に合わないと、「ダメ」「嫌い」になる。
しかも、上手く行かないと「いじめられた」と思う事も多い。
だが、実際には、大人の人間関係は、そうあってはならない。
複雑な人間関係のなかでも、出来るだけ衝突を避けるよう、
相手の感情をかわしたり、自分の気持ちを抑えたりすることも、
時には、必要である。
だが、これも、大人になったからといって出来るものでなく
やはり、子供の頃からの経験を通して、身につくのであろう。
そういう意味でも、前に書いたように
「いじめか、否か」を見極めることは、大切である。
もちろん、「いじめ」だけではなく、我が子の本当の姿を
きちんと知るための努力を、怠らないことが大切である。
「正しく知り、必要なことだけを、出来ることから、やっていく。」
ワタシは、これが、子供を守ることの基本だと思っている。
確かに、年齢が上がってくると、判断は難しくなってくるだろう。
自我が確立され、親への反抗心も現れてくる。
だが、いざとう時に、『親』の威厳が発揮できない親子関係には
そこへ行き着きくまでの過程に、少し問題があるのかもしれない。
ともかく、
「子供のいじめを、自殺するまで、全く気付かなかった。」とか、
「ウチの子のコトは、もう、全く解からない。」とか、
そういう状況だけは、避けたいと思う強妻頑母である。
「手は離しても、目は離さない。」
ワタシは、このやり方で、子供の成長を見守っている。
これからも、子供たちを知る努力をしていこうと思う。
幼い頃から、我が子を知る努力をしつつ、いざという時のために
親の力を養っておくコトも、必要かもしれない。
☆参考までに☆
少し、内容からそれるかも知れないのだが、最後にひとつ、
以前、講演で聞いた内容を、書き足しておきく。
「いじめられにくい子」
実は、いじめる側にとって、ターゲットは誰も良かったりする。
このターゲットにならなければ、いじめに悩むことも無いわけだ。
さらに、たとえターゲットになっでも、結局、『いじめに至らない』
…そんなタイプの子がいるらしい。
それは、「反応がない(少ない)」子だそうだ。
いじめる側の子供には、実は、理由がどうこう…というよりは、
その子自身の心に、問題がある場合も少なくない。
いじめる側の生活環境に、ストレスや問題がある場合も多いのだ。
こういう子にとっては、原因など、あってないようなものだから、
いじめられる側が、アレコレ努力しても、いい結果が出にくい。
では、いじめられにくいタイプとは、どんな子なのか。
それは、『いじめ』に至る初期段階で、
「コイツ、いじめても、ちっともおもしろくねぇ。」
と思わせる子なのだそうだ。
反応が少ない、動じない、自然に距離をおく…こういうタイプの子を
突っついているコトが、次第にストレスになるらしく、『いじめ』の
ターゲットがかわっていくらしい。
もちろん、年齢にもよるだろうが、これを無意識にして、
実際にいじめを回避している子供も、居るというのだ。
無意識に…というのは、難しいだろうが、たとえば意識的にでも、
少しでもそうできると、結果はずいぶん違ってくるのかもしれない。
☆おまけ☆
余談だが、ワタシは、子供の表情をとらえるのが、得意である。
いや、得意というよりは…意識の中に、飛び込んでくる。
街を歩いていても、子供の表情で、親子関係がわかってくる。
だから、子供たちが、一瞬見せる、
何ともいえない抑えた表情が、苦手である。
そして、たいていのお母さんは、それに気づいていなコトが、
とても、悲しいワタシである。
忙しい時こそ、ときどき、子供の表情をじっと見てほしい…。
☆あとがき☆
さて、この記事をいつまでも書き上げられないでいる間に、
我が子が、とんでもないトラブルに巻き込まれ、
マサに、強妻頑母の力が試されるような出来事がおこった。
おかげで、またしても、爆走週間だった、強妻頑母である。
次は、この記事?…だと思うのだが、そのほかの下書きたちは、
いつ記事に出来るのだろうか。
…いくつかは、時間のズレと共に、ボツになることだろう。
「困ったな、次々事件、降りかかる。」
…解決が追いつかない、てな、ワタシを応援してね。→

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"上手に聞き出そう。"へのコメント
CommentData » Posted by あいまーる at 06/10/13
TITLE: はじめまして
じっくり読ませていただきました。
いじめについては私もいつか書きたいテーマ
なので、その時はトラバさせて下さい。
私はいじめにあったことはあちません。
どちらかというと強かったほうです。
いじめはしてないつもりですが[絵文字:v-356]
だからこそ今親になって考えることがたくさんあります。
本当に深いテーマだと思います。
CommentData » Posted by ノア at 06/10/13
TITLE:
勉強になりました。
わたしは結構しつこく聞いていたかもな・・・と反省もしました。
まだまだ先の長い子育て。
肝心なときには、頼ってもらえる親になりたいです。
親に言えないわけ・・・
自分のときの事を振り返ってみると、なるほどそうだったかもしれません。
CommentData » Posted by ほっぺかか at 06/10/13
TITLE: 貴重なはなし
今回も、勉強させていただきました。
いじめだけでなく、子供との関わり方にも言えるお話だった気がします。
記事にしてもらって良かったです。
忙しい中、ありがとうございました☆
CommentData » Posted by すきやき at 06/10/14
TITLE:
私も親に話せなかったなぁ~
話しても、何もしてくれないことが分かってたから。
あの頃、、、写真見ても暗い顔してる。
その反動で、子供の顔色はすぐに分かります。
おかしいと思った瞬間、母親としてのすべての能力が動き始めるんです。
まず、この子の沈んだ心を助けなくてはいけない。
それには、まず何をしなくてはいけないのか。
マムさんのように、イロイロ考えて、生きていた子育て時代です。
今は、少しノンビリしてます・・・ ^^)
CommentData » Posted by す〜さん at 06/10/14
TITLE: さすがぁ〜!
本当にマムさんはカウンセラーになれますよ!
PTA研修会みたいな場で講師をしてみたら?
CommentData » Posted by ibu at 06/10/14
TITLE: さすが、マムさん!
2回に分けたとはいえ、これだけの長文を
書き上げることができるマムさんに感服!
ほんとに、講師になってあちこちでお話
してあげた方がいいと思いますよ。
今は、子供の変化に気づかない親が多い
ですよねえ。
病院などで親と一緒にきている子供を
見ていると親子関係がすぐに分りますね。
「いじめ」かどうかを見分けるのも確かに
難しいですよねえ。
でもこれだけ子供のことを感じ取れる若い
お母さんは新鮮です。
CommentData » Posted by アンティーク・マム at 06/10/15
TITLE:
☆鍵コメさん
それだけお子さんの事を考えていらっしゃるのだから、
決して、ダメなお母さんなんてことは、ないと思います。
ココへ書いてあるのは、理想論です。
ワタシも、詰問もしますし、いつもハナシをじっくり聞けるわけでもない…。
でも、知っていると知らないでは、いざという時に、行動パターンが変わってくると思い、
書いています。
同じ状況で問題を抱えている人の力になれば…と。
でも、ワタシが書いていることを、「全く違う」と思う方も、沢山いると思いますよ。
何たって、万人受けしない、強妻頑母流ですから。(笑)
☆あいまーるさん
ご訪問&コメントありがとうございます。
そうですね、イジメ問題は、深いです。
ワタシも、まだまだ、書きたいことがありますので、これからも、また、このテーマで
書くと思います。
TBの方も、楽しみに待っていますね。
☆ノアさん
少しでも、参考になればよかったです。
そうなんですよね。
自分の事を振り返る…なんて事は、あまりしないので、気付かないんですよね。
ワタシは、親子で考えるチャンスを与えられて、イロイロな事を知りました。
☆ほっぺかかさん
こちらこそ、ありがとうございます。
難しいことを書いていますが、要するに、子育てって、見ているのが基本だと思います。
記事を喜んでいただけて、何よりです。
☆すきやきさん
ワタシも、いつかは、のんびり出来るのでしょうか。
その頃は、孫の顔をみて、また、爆走しているかも知れません。(笑)
ワタシは、子供の顔色に、敏感すぎるので、若干、ストレスが強いかもしれません。
もちろん、顔には出しませんが。
☆す〜さん
そんなの無理ですよぉ。
資格もないし、だいたい、ワタシのは、寄せ集めの知識から生まれた、自己流ですから。
…ん?
でも、頑張れば、仕事に就ける??…収入になる??(←そっちかい!・爆)
いつも褒めて頂いて、ありがとうございます。
皆さんの温かい励ましで、爆走を続けられています。
☆ibuさん
いやだぁ、ibuさんまで。(笑)
でも、本当に、気付かないお母さんも、結構いらっしゃる。
ワタシがココで発信しているのは、少しでも多くのお母さんに、気付いて欲しいからです。
母親って、子供には、大切な存在なんだよ〜って。
ちなみに…子供は小さいけれど、若くはない…。(笑)
CommentData » Posted by す〜さん at 06/10/15
TITLE: 質問!
マムさん、分かりますか☆
私の[和菓子教室]の事なんですが
テンプレートを変えたら、リンク欄から管理者ページ無くなりましたぁ〜!
どうなったんでしょうか?
聞いたところで対処出来るかどうか??ですが マイッタ!
CommentData » Posted by ダディ at 06/10/15
TITLE: す〜さんへ
す〜さんへ
スキンを変更したら管理者ページへのリンクが消えたとの事ですね?。
確かにす〜さんのサイトを見てみても「管理者ページ」というリンクは見当たりません。
ひょっとすると、そのスキンを作った人が、管理者ページへのリンクを漏らしていたのかも知れませんね。
対応案は以下です。
1)FC2の場合、管理者ページは、自サイトのURLのすぐ後に「?admin」と付け加えると表示されます。管理者ページへのリンクが無いだけで、別途お気に入りなどに登録しておく手もあります。
2)スキンを変更する。
ちゃんと管理者ページへのリンクが表示されるスキンにすればよいという考え方。
3)スキンの設計を変更する。
スキンはCSSという技で作られているのですが、管理者ページを表示させるコードを追記することで対応可能です。(ちょっと勉強が必要ですが、わかってくると面白いものです)
ではでは。