自立に向かうために必要なこと  Category: カタル…

Posted at 06/07/03 Comment(8)» Trackback(0)»

自立させるため、助けてはならぬと、子供を無理に突き放す親がいる。
自立を身につけるためと、子供のすることに、意見しない親がいる。
自立のため、あえて、子供とのかかわりを避ける親が居る。

我が子を自立させるための方法は、人それぞれなのだろう。
もちろん、我が家には、我が家の方法がある。

だが、自立を教える前に、どうしても必要なモノがあるという。
それは、“愛情”なのだ。
実は、愛情を十分に与えられて、心が満たされてなければ、
本当の自立は出来ないといわれている。
このことを知っている親は、意外と少ないのかもしれない。

では、十分な愛情とは、いったいどの程度なのだろう。
それは、「本人が望むだけ…。」だそうだ。
「手をつないで。」と言われれば、つないでやり、
「抱っこして。」と言われれば、抱いてやる。
「一緒に眠って。」と言われれば、眠るまで側にいてやる。
そういうことだ。
もちろん、そういう行動をとらなくとも、愛情を感じることは出来る。
口調とか、瞳の動きとか、表情とか…そういうあらゆる事で、
子供は親の愛情を感じとる。
それだけで十分だという子は、それでも良いのだろう。
だが、多くの子供は、やはり直接的なスキンシップが、
いちばん解かりやすく、満足出来るようである。

このことは、一見、自立とは相反する行動のように思える。
だが、実はコレが、自立に向かう時、とても、大切なのである。
自分の求めるだけの愛情を得て満足し、初めて、親を信頼できる。
親を信頼してこそ、真の自立へ向かう事が出来る…というのだ。

強妻頑母的には、子供が自分の足で歩もうと決意したとき、
心の中に親との絆がしっかりあれば、何も怖くないのだ…と、
解釈している。

この信頼関係が完全に出来ないうちに、無理に突き放すと、
子供は、不安になるそうだ。
いくら親に愛情があっても、それをカタチにしてやらなければ、
子供には伝わりにくい。
十分に親の想いを感じ取ることが出来ずに、
「見放された。」「自分を愛していない。」「何もわかってない。」
…という気持ちになることも、十分に考えられる。
そうなると、子供は“完全な自立”へ向けて、歩むコトは難しく、
少しずつ、違う方向へ、ズレていくようだ。

「え?…ウチは、早くから、突き放してきたわ…。」という方…。
ご安心あれ。
個人差はあるようだが、高校生くらいまでなら、まだ間に合うらしい。
気づいた時点で、子供を受け入れてやる…それが大切だそうだ。
高校生を抱きしめる…などというのは
親にも少し勇気のいることかも知れない。
だが、子供が欲しているのなら、親として、そうしてやるべきである
…というのだ。
また、実際に、親の愛情に満足できていない子供の多くは、
高校生くらいまで、その欲求を、心の奥底に隠しているという。


子供が“子供”であるうちは、親の想いを完璧に理解するのは難しい。
だから、子供は、自分に与えられる愛情の量で、それを知ろうとする。
子供たちは、建て前や偽りではなく、本物の愛情を見極める目を
持っているという。
実は、子供たちは、ごまかされないのだ。
むしろ、ごまかされたフリをしている子供も、多いのではないか。

親子の信頼関係において、距離が広がると、元に戻すのは難しい。
子供の方は、不安や疑問を隠すようになるので、
親の方は、よりいっそう、子供を見ていなければならない。
そうなると、どちらも、相手の気持ちの探りあいになってくる。
それも、しているうちは良いのだが、次第に、それさえ忘れてしまう。
その結果、親が愛情いっぱいに育てたと思っていも、子供たちは
“愛情不足”だったという、ズレになるのではないだろうか。

ただし、人間は“完璧な自立”ができていなくても、
極端に困る訳ではない。
成長の過程で学ぶことは、“自立”だけではないからだ。
他のモノで補っていく方法は、いくらでもある。
自立できていなくても、日常生活は可能なのだ。

以前の記事で書いた、自立できない大人たち…。
彼らは、親への愛情を、求め続けているのではないだろうか。
マザコンと言われる人たちは、本当は、母親の真の愛情を
探しているのかもしれない。
夫や妻、他人に頼りきって、愛情を求め続ける人たちも、
実は、親からの愛情とすり替えているのかもしれない…と思う。


残念ながら、ワタシの母もダディの母も、愛情表現は上手くなかった。
実際に、母親に抱きしめて欲しかった場面も、心の中に持っている。
だが、母の愛は感じていたので、それなりの自立を遂げていると思う。

ところが、同じ条件で、おなじ場面に遭遇した時、
愛情をいっぱいに感じて育った者とそうでない者では、差が出てくる。
実は、愛情で満たされている者のほうが、精神的に強いのだ。
完全に自立している者の根底には、親との信頼関係があり、
それが、自信に繋がっているのである。
どんな事があっても、親だけは最後まで自分の味方でいてくれる…
そういう、大きな安心感があるのではないだろうか。
“孤独でない”…このことは、とても心強いことである。

ワタシには、この部分が、若干、欠けているように思う。
自信を持って行動しているつもりでも、いつも不安でいっぱいなのだ。
ここが、こんなワタシでも、小心者と言われる所以であろう。
だから、3兄弟には、出来る限り、愛情を形で表現しようと思う。


こうしてみると、冒頭で書いた例には、少し無理があるような…。
自立は、離乳や自転車の補助輪のように、「出来た日からずっと…。」
というモノではなく、一進一退を繰り返して身につけていくものでは
ないだろうか。

歳相応の自立を教えながらも、子供が求める限り、愛情を注ぐ…
この相反する作業の繰り返しの中で、少しずつ比率がかわり、
やがて、子供たちは、完全に自立していくのだと思う。

いわゆる、赤ちゃんがえりや反抗期も、実は大切な時期であり
子供の成長過程で、この時期は何度かやってくるそうである。
「もう、お兄ちゃんお姉ちゃんなんだから、しっかりしてね。」とか、
「もう小学生にもなって、そんなに甘えないの。」とか、
「中学生なのに、どうしてそんなことを言うの。」などと、
思い込まない方が、お互いのために良いと思う。

昨日まで、難なく出来ていたことが、今日になって出来なくても、
時々は、それを許したり助けたりする心の余裕…
コレが、親に求められる課題であろう。

ちなみに、ワタシは、こう思うことにしている。
「あ、戻ってきたのね〜。さあさ、毒吐きなさい、甘えなさ〜い。
いつか、してくれなくれなくなるのよね、ワタシの大きな赤ちゃん。」


もちろん、精神状態が悪いときは、出来ない。
実際に、日常生活の中で、キツイ台詞もでるし、怒鳴ることも多い。
だから、子供が求めているのに、それに答えられなかったときには、
必ず後から、そのことを謝るようにしている。
「さっきは、イライラして抱っこできなくてごめんね。」とか、
「怒ってお話ちゃんと聞けなくて、ごめんね。」とか。


さて、ここまで愛情いっぱいに…と勝手に語ってきた強妻頑母が、
ここでひとつ、気をつけて欲しいことがある。

「十分に愛情をかける。」ということは、
「無条件に甘やかす。」という事ではない。
まして、「十分に物品を与える。」という事とも違う。
時には、厳しさの方が、愛情である場合もあるのだ。
親の方が、この事を勘違いしているようでは、
もはや、自立を教えることなど、不可能に近いと思う。

自立を教えるというのは、実は、とても大変な作業であり、ココで、
親の子供に対する想いの大きさと、器が試されるような気がしている。


実は、愛情に満たされた子供とそうでない子とでは、
「イジメ」に遭遇した場合にも、若干違いがでるそうだ。
最近、我が家で、この理論を裏付ける(?)出来事があった。
このことと、我が家での自立への取り組みは、また、それぞれ
改めて記事にしようと思っている。

「愛情で、満腹になり、歩みだす…」
こんな自立はいかが?→
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"自立に向かうために必要なこと"へのコメント

CommentData » Posted by judy at 06/07/04

TITLE:
ここ何日かアップされてなかったので、どうしたのかぁ?と思っていましたが、7月はじめでLongで内容の詰まった記事、何度も繰りかえし読ませて頂きました。【自立】とは、難題ですよね。自分自身もそうですが、子供のことについては一生の課題になりますから。自立がうまくできたとか、ようやく自立した・・とかって基準も何もありませんからねw愛情のかけ方にも色んな形もあります。
無償の愛っていうのも難しくて、見返りを求めたり、自分の思いとおりに相手がしてくれなくて・・・悲惨な結果ということもあります。
どこからどこまで親が伝えられるのか、教えられるのか・・・。
マムさんもおっしゃってましたが、愛情と勘違いしている親の行動、いくつかありますよね。
それって子供の価値観に大きく関わってきます。物を与えるだけの子は、何でもお金や物で解決しようとし、怒られたこと、注意されたことの無い子は、パニックになってこわれてしまう・・・とか。
やっぱり、親、家族なんですよね。基盤は。
しっかりと安心できる場所があること。
褒めるときはすごく褒めて、一緒に喜んだり、叱るべきことは、意味をしっかり伝えて教える。その積み重ねが、自立へとなって行くんでしょうかね。長々とすみません。m(__)m

CommentData » Posted by リーフ at 06/07/04

TITLE: ふむふむ
いつもながら、ふか〜くうなづきつつ、読ませていただきました。
おっしゃるとおりです!
ついついつきはなしたような言い方をしちゃうんですけど、子を愛してない親はいないんですよね。
「表現の仕方」
これにつきるんでしょうね。

私はもうひとつ付け加えるとすれば、高級なものじゃなくてもいいから、毎日手をかけたご飯を、おなかいっぱいたべさせてやること、を心がけています。
そりゃ、予算上たいしたもんじゃないですけど、手を変え品を変え、私なりにできるだけ努力して。
私の母が
「母親のご飯を毎日おなかいっぱい食べてる子に悪い子はおらん」
って、(何を根拠に言ったのかは不明)言ってたので。
習い事とかなかなかさせてはやれないけど、家族で感謝しながら食べるご飯、ここから家族の絆って生まれるような気がするんですが、どうでしょう、マムさん。


いつかマムさんに、
「こんな息子がいます!」
って、胸をはっていえるような子育てをがんばりたいとおもっています。

CommentData » Posted by すきやき at 06/07/04

TITLE:
私は愛情をあまり感じないで育ちました。
母は、他の兄弟を愛することはあっても私にまで、愛情をかける事はしなかったのです。
長に頃の思い出は、いつも母の後ろについて廻り、追いかけて、、、、、でも、振り返ることなく。。。
寂しい、悲しいことしか思い出されません。
おかげで(?) 自立が早かったです。

私は母にされたかったことを、すべて二人の娘達にしています。
身体イッパイの愛情と、ゆるぎない信頼。
スキンシップも嫌って言うほどしました。
周りは、そんなにしたら、マザコンになるとか自立しなくなるとか・・・
でも立派に自立して、結婚もしましたし、社会に出て、他の人からも信頼される人間になっています。
その上、私のことは何よりも気遣ってくれます。
ホントにいい子たちに育っています。自慢です。
何が良くて、何が悪いのかは分かりませんが、寂しかったあの頃の事は、半世紀たっても、傷になって心に残っていますよ。

子供の気持ちを大切に・・・・・・・ネ。

CommentData » Posted by MYU at 06/07/04

TITLE: 見れば見るほど・・・
マムさんは、いいお母さんですよね。
うちの母は体裁が先行してしまうタイプなので、『心配しているのよ』のうらに『私に恥を欠かせないでね』が隠れていた。
その分、祖母に補ってもらっていたように感じる。
やっぱりマムさんの言うとおり、愛されていないと信用できないし、周りの人を何処まで信用していいか分からない。
だから、自立の妨げになるんじゃないでしょうか?
自立を促すって難しいですよね。
マムさんの色々考えてくれる気持ちの100分の1でもうちの母にあったら・・・と思っちゃいました。
(^^ゞ

CommentData » Posted by ほっぺかか at 06/07/05

TITLE: よかった〜
>ご安心あれ。
個人差はあるようだが、高校生くらいまでなら、まだ間に合うらしい。
気づいた時点で、子供を受け入れてやる…それが大切だそうだ。

。。。これで救われました。

私はよく母に「手のかからないこだった」と言われていましたが、本当は「手をかけて欲しかった」んだったと思い出しました。

そこを忘れて「あまり手をかけないほうが」という育て方をしてしまっていました。

よかった〜。間に合うなら、急がなくちゃ〜!

いつもここは私の勉強の場です。
マムさんはモチロンですけど、ここにこられる方のコメントも。

よかった〜。ココを知ることができて☆

CommentData » Posted by アンティーク・マム at 06/07/05

TITLE:
☆judyさん
いつも、ありがとう。
結局のところ、自立とは、社会に出て、自分の力で、生きて行けるという事だと思います。
イロイロな想いも味わってこそ、人生なのですから、挫折や悩みもあるでしょう。
でも、ココロの基地があれば、また、独りでも頑張れるのでしょうね。
親が自分を愛してくれたという自信は、実際に親がいなくなっても、
ココロに残るエネルギーになると信じて、子育てをしています。

☆リーフさん
実は、今回のテーマは、上手く伝わるように書くのに、かなり苦心しました。
愛情の量もカタチも、人それぞれなので。

「毎日手をかけたご飯」は大切だと思いますよ。
judyさん、素敵なお母さんだと思いますよ。
ま、手がかかってるかどうかは、無理の無い程度としても、
母親の手料理って、愛情そのものですものね。
お母様の言葉は、深いですね。
子供が「母親の手料理を、お腹いっぱい食べなくなった…」ら、要注意ではないでしょうか。
食のことも、また、書く予定にしています。
…まだ、書き出し程度ですので、気長にお待ちくださいね。
ワタシは、頭でっかちなだけで、そんなに良い子育てが出来てるかどうか…判りません。
でも、子供は、親が一生懸命だという事は、解かってくれていると思って
日々を、過ごしています。
お互い、頑張りましょう。

☆すきやきさん
いつもありがとうございます。
そうですよね…。
すきやきさんのお宅は、まさに、この法則を立証されたかのような、親子関係ですよね。
何だか、力が湧いてきます。
ワタシにも、できるかな…?
頑張ります!

☆MYUさん
MYUさんのココロって、PUREだなぁ…って、いつも、思うんです。
おばあちゃん効果なのかな?…素敵ですよ。

ワタシも、最初は体裁を気にしていました。
そして、子供にも、八つ当たりしていました。
でもだんだん、状況が変わり、そうも行かなくなってきて…。
イロイロ勉強するうちに、子育てって奥が深いコトに気づいたんです。
下手な資格取るより、母親になる方が大変だって。
でも、良いお母さんなのかどうか、わかりません。。
自分の中では、いつも、志向錯誤です。
あ、それから、暴走しそうになると、ブレーキ係がいることも、良かったと思います。

☆ほっぺかかさん
いつも、ありがと〜う。
え?…救われました?…それは良かったです。
大丈夫、ほっぺちゃん、十分間に合いますよ。
ワタシもね、カウンセリングに行き始めて、自分自身の深層心理も、突然見えてきたり
するんですよね〜。
ずっと、子供の頃から、ココロの奥底にポチッと残っていた物が、ふと、晴れたり…。
そして、今、あの時も母は一生懸命だったんだ…と、イロイロなことが解かります。
みんなで、頑張ろうね!

CommentData » Posted by zunko at 06/07/08

TITLE:
子供ができて、育児に関する本を読んでいると自分の母が何が出来ていて何が出来ていなかったかにいちいち気付かされます。

うちは四人兄弟で私は下から2番目ですが、末っ子期間が長かったので随分甘やかされて育ちました。でもそれは決して良いことではなかったのだということが大人になった今、よーーくわかります。
(親が甘やかす分姉が厳しくしてくれたので、それでバランスがとれていたのかもしれませんが)

でも自分が出来ていない部分は親の育て方のせいではなくて、やっぱり自分のせいだと思えるのは親のおかげなんでしょうね。

子供の頃にこうして欲しかった(甘やかしたり批判するのではなく)ということを、忘れず我が子を育てていきたいと思います。

マムさんのところで、こうやって気付かせてもらったり勉強させてもらって、しっかり子育てします。

CommentData » Posted by アンティーク・マム at 06/07/08

TITLE:
☆zunkoさん
いつも、ありがとう!
昔は、育児書なんてそうそう読むわけでもなく、それでも、親達は一生懸命子育てして
頑張ったんだと思いますよ。
ワタシも、親には、感謝でいっぱいです。
育児は、本当に大変な仕事です。
1人の人間を、育てていくわけですからね。
でも、愛があれば、大丈夫だと、そう信じて頑張りましょうね〜。

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