話を聞く子育て Category: カタル…
Posted at 06/07/14 PermaLink» Comment(7)» Trackback(1)»
我が子の悩みを早期発見するためには、
やはり、普段から親子の会話ができていないと、難しい。
親子の信頼関係に加えて、しっかりと会話の出来ているウチでは、
イジメや非行などの問題も、早くに発見できることが多いという。
親子の会話といっても、そのやり方は、イロイロある。
子供の年齢や性別、性格によっても違うだろう。
思春期になると…特に男の子なんて、家では殆ど話さくなるようだ。
ま、ペチャクチャと、何でも話すというのも、どうかと思うけれど、
「全くしゃべらない」というのは、避けたいもの。
ちなみに、ワタシは、家族の会話が、結構ある家に育ち、
弟ともよく、イロイロな話をしていたが、ダディの場合は正反対で、
家族とは、伝達程度の会話だったらしい。
このことは、結婚してすぐに、口論の対象となったものだ。
会話の多い家庭を作る…この事も、すぐに出来るものではない。
子供達が幼い頃からの、積み重ねである。
基本はやっぱり「しっかり聞いてやる。」ではないだろうか。
いつも理想ばかり語っているワタシだが、「よく見る」と同様、
「しっかり聞く」には、少しばかり自信がある。
コレをしないと、子供はどんどん話さなくなる…と思うワタシである。
ただし、「しっかり聞く」は、「しっかり訊く」ではない。
ココを間違えると、また、子供は話さなくなる。
要するに、子供が言いたいことを、しっかりと聞いてやる。
子供が言いたくないところは、表情で判断したり、別の話の中から、
引き出したりして、推測していく。
こうして、まずは、子供に安心して何でも話が出来るという状況を、
作ってやるのだ。
小さい子供は、何でも親に話したがる。
「今日ねぇ…。」「幼稚園でねぇ…。」「○○ちゃんがねぇ…。」
その中には、大切なこともあれば、面倒くさいそうでもない事もある。
いや、実際には、大切な事の方が、かなり少ないものだ。
それでも、ワタシは出来るだけ、話を聞くようにしている。
そうすることで、ウチの3兄弟たちは
「(少なくとも)お母さんは、聞いてくれる。」と思っているだろう。
…とはいえ、我が家には、『聞いたときの、母の気持ち』まで考えて
選んで話すヤツがいて、なかなか難しいのだが。
もちろん、子供達が成長するにつれて、全てを話すというわけには
いかなくなるだろう。
友達に相談もするようになるし、親には聞かれたくない事もある。
…が、実際に、中学や高校になっても、親にイロイロ話す子を
何人か知っているぞ…。
そういう家の母親は、だいたい、子供と友達のように話している。
そして、大らかで、男っぽいお母さんが多い…かな?
だが、そういう家の子の中には、厳しい躾をされていない子もいる。
明るくて、人懐こいけれども、言う事を聞かない…そういう子だ。
子供たちには、『親として』言われることに、反発する時期が
やってくるのだろう。
いつもいつも、『親の威厳』をもって話をするばかりでは、
子供の心は離れてしまい、だんだん、何も言わなくなる。
かといって、ゆるゆるになってしまうのは、マズイではないか。
このバランスを考えるのが、結構、難しいと思うのだ。
さて、どうするのが良いのだろう?
ワタシ…?
強妻頑母の場合は、ものすごく自己流なのだが、
『フレンドリー母さん』と『ヤバイ人もびっくり、怒鳴る母さん。』と
そして、いちばん怖い、『威厳タップリに、諭す母さん』を
臨機応変に、使い分けている。
子供の話を聞いたり、コチラから何かを探りたい時、何かをさりげなく
伝えたり、軽く注意したい時は、『フレンドリー母さん』である。
ちなみに、この顔のおかげで、よその子供たちにも、結構人気がある。
感情が先に立ち、叱ることが出来ず、つい、怒ってしまう時、
母が激怒するような、事件が起こったときは、
『ヤバイ人もびっくり、怒鳴る母さん。』が現れる。
実は、実家の母とダディ、強妻頑母がこのキャラに変身すると
「その言葉って…。」とか、「そんな娘に育てた覚えは無い。」と嘆く。
自分の中の『強さ』が出てくると、男言葉に近くなるワタシである。
もちろん、家の外で変身することは、ほとんどない。
外では全くの別人である…が、聞こえてる…ハズである。
最後の『威厳タップリに、諭す母さん』は、言うまでもなく、
3兄弟を“叱る”時のワタシである。
この時の母は、無敵であり、今のところ、誰にも邪魔は出来ない。
ワタシがこの3つのキャラを、その時々によって使いこなしてこそ、
子供とのコミュニケーションが上手く取れる、我が家である。
いや、もちろん、ウチにいるいちばん大きな子は、
小2なので、このやり方がずっと有効かどうかは、わからない。
ただ、子供と上手くコミュニケーションをとっているお宅は、
だいたい、同じように子供と接していらっしゃるように思う。
要するに、子供にとっては、いつまでも相談できたり、
本気で怒ったりしてくれる人が、必要なのでは無いだろうか。
実は、ワタシが、ココまで親子の会話に気を配るのには、理由がある。
子供が、イジメにあったり、事件にあったり…
そういう、何か困ったことに巻き込まれた時に、親に話をする確率は、
いかに普段から良い会話が出来ているか…それにかかっていると言う。
もちろん、親に言う事を止められている場合もあれば、
自分自身が、躊躇する事もあるだろう。
だが、普段、親子の会話が出来ている家の子供は、
親に話してみようかな…と思う気持ちが湧いてくるそうだ。
それには、もちろん、会話だけでなく、普段からの信頼関係が
あってこそなのだが。
ココで、最も気をつけなければならないことがある。
それは、
子供が話そうと思うタイミングを、外さないこと
実は、コレが、とっても難しい。
子供が親に話そうと思うのは、すごく勇気がいることなのだ。
成長すればするほど、話す事を悩み、迷うと言われている。
だから、そのタイミングを逃すと、「やっぱり止めよう…かな。」
と思ってしまうらしい。
その“最初の1回”を見極めるのは、歳が上になるほど、
そして、事が大きければ大きいほど、難しい。
子供は最初から「あのね、○○のコトで相談があるんだけど。」とか
「△△について、聞いて欲しいんだけど。」とは…多分、言わない。
最初に出てくる言葉は、「あのね…。」とか、「お母さん…。」とか
そういう言葉である。
深刻そうに言ったり、見るからに不自然だと、「…ン??」と思えるが
これまた、大きくなればなるほど、サラッと言う傾向にあるようだ。
そして、子供は、親が何かしているときこそ、言ってみようかなと
思うらしい。
そのくらい、親に話すことを、迷って、踏ん切りがつかないのだ。
考えてみて欲しい。
この言葉…、「あのね…。」「お母さん…。」
子供の口からよく出るこの言葉を、あなたは、どのくらい
気にかけているだろうか。
小さい頃は、この言葉は1日に何回出てくるかわからない。
その殆どは、たいした事ではなかったりする。
コチラも、日々、忙しくしている。
つい、「チョット待って。」とか「後にして。」と言ってしまう。
…が。
子供は、「チョット待って。」とか「後にして。」を言われると、
言うタイミングを失ってしまうケースが、非常に多いと言う。
せっかく勇気を出して、言ってみようかな…と思っても、
こういわれると、「やっぱり、やめておこうかな…。」と思うらしい。
この時、本人は、親に不信感を持つわけではない。
ただ単に、タイミングを失ってしまうのである。
むしろ、言わなくても良くなった事に、安心することもあるようだ。
そして、このままになってしまう事が多い…と言うわけだ。
「チョット待って。」「後にして。」を使った後に、
「さっきの話は、何だったの?」が言えればまだ、少しは良いのだが、
親が改めて構える体制になると、やはり、言いにくくもなる。
もちろん、その間に考えて、「やっぱり、言わなくても良いわ。」
と言えるくらいのコトなら、問題は無いのだが。
この話を聞いて、ワタシは、子供の「あのね…」「お母さん…」に、
出来るだけ、「チョット待って。」「後にして。」を言わないように、
気をつけている。
何かをしている時も、本人の表情を一度は見て確認し、
「なあに?」と答える。
我が家では、今のところ、コレで上手く話しをしてくれている。
もちろん、何度も書くように、たいした事では無い話が、殆どである。
だが、たいした事ではなくとも、子供が「親に聞いて欲しい」
と思っていることには、変わりないのだ。
だから、一応、最初は必ず、聞くようにしている。
少し聞いていると、話の内容や、重みの度合いが、すぐにわかる。
ココで初めて、対応を決めるのである。
ワタシの場合、内容が“日常の報告”であれば、
そのまま、軽く聞いている。
また、“急がない要求”であれば、
「今、○○をしてるから、その後でして(聞いて)あげるわ。」と言う。
この時、あまり時間が経たないうちに、要求に答えるよう心がける。
そして、少しでも、(…ン?)と思う場合には、
少し手を止めて、じっと顔を見てから、話を聞く。
ココで、本人がまだ躊躇していれば、少しの間、子供をリラックスさせ、
(しかし、親はやや緊張して)話を聞き続ける。
そして、(ン?)が、(!!)になった時点で、すぐに、
していることを止めて、キチンと話を聞く。
たとえ、テンプラを揚げていても、パンを成型していても、
ゴミを出さなくてはいけない時でも、予約のある外出の前であっても、
その時にしている作業を、中断する。
子供の、“たった1回の勇気”を逃す事に比べれば
作っているものがダメになろうと、ゴミ収集に間に合わなくとも、
予約時間に遅れたり…そんなことは、たいした事ではない。
そして、多くに場合、ワタシたちが思うほどの時間はとらず、
またすぐに、作業を再開できるのだ。
このことは、大変そうだと思われるかもしれないが、習慣になると
そう、たいしたことはない。
話の最初を少し聞いてから、「チョット待って。」「後にして。」
を言うかどうか、考えれば良いだけなのだから。
我が家の不思議クンは、感受性の発達が普通ではなく、自分の事以上に
相手や親のことまで考え、大切なことほど、なかなか話してくれない。
だがしかし、過去のワタシは、彼にとってのいちばん最初の勇気を、
逃してしまった可能性が、非常に高い。
まだ3歳の彼が、親子で遭遇した苦しい人間関係の中で、
何かを訴えたかったとき、強妻頑母もまた、同じ環境に苦しんでいた。
不思議クンの感受性の強さは、後から判ってきたことであり、
その時のワタシは、そこまで彼に気を遣ってはいなかったのだ。
早く気づいていれば、彼の心は、もう少し楽だったかも知れない。
その頃の事は、反省として残る。
その後、逆に、コレに気をつけていて早期発見できた“重要事項”も、
幾つかある我が家である。
だから、“子供の話を切らない”という事は、今のところ
有効な方法であると思っている。
ただし、ひとつだけ決まりがある。
「大人が話をしているときは、割り込まない。」こと。
この時だけ、子供は待たなければいけない。
つまり…くだらない主婦の井戸端会議に、長時間、興じている暇は、
ワタシには、無いというわけである。
世の中には、悲しい事件が起こってから、嘆き悲しむ親達がいる。
「全く知らなかった。」とか、「全く気づかなかった。」とかいう、
最悪のケースもある。
報道を見ていると、「本当に、何も気づかなかったのか??」と
思わずにいられない場合もある。
ワタシにとって、自分の子供の苦しみを、全く知らないと言うのは、
とても辛い事であり、やはり、自責の念にかられると思う。
子供の話を聞く子育て…。
コレも、親子の信頼関係には、必要なことではないかと思うワタシである。
「『あのねママ』、そのひと言を、聞いてみて。」
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やはり、普段から親子の会話ができていないと、難しい。
親子の信頼関係に加えて、しっかりと会話の出来ているウチでは、
イジメや非行などの問題も、早くに発見できることが多いという。
親子の会話といっても、そのやり方は、イロイロある。
子供の年齢や性別、性格によっても違うだろう。
思春期になると…特に男の子なんて、家では殆ど話さくなるようだ。
ま、ペチャクチャと、何でも話すというのも、どうかと思うけれど、
「全くしゃべらない」というのは、避けたいもの。
ちなみに、ワタシは、家族の会話が、結構ある家に育ち、
弟ともよく、イロイロな話をしていたが、ダディの場合は正反対で、
家族とは、伝達程度の会話だったらしい。
このことは、結婚してすぐに、口論の対象となったものだ。
会話の多い家庭を作る…この事も、すぐに出来るものではない。
子供達が幼い頃からの、積み重ねである。
基本はやっぱり「しっかり聞いてやる。」ではないだろうか。
いつも理想ばかり語っているワタシだが、「よく見る」と同様、
「しっかり聞く」には、少しばかり自信がある。
コレをしないと、子供はどんどん話さなくなる…と思うワタシである。
ただし、「しっかり聞く」は、「しっかり訊く」ではない。
ココを間違えると、また、子供は話さなくなる。
要するに、子供が言いたいことを、しっかりと聞いてやる。
子供が言いたくないところは、表情で判断したり、別の話の中から、
引き出したりして、推測していく。
こうして、まずは、子供に安心して何でも話が出来るという状況を、
作ってやるのだ。
小さい子供は、何でも親に話したがる。
「今日ねぇ…。」「幼稚園でねぇ…。」「○○ちゃんがねぇ…。」
その中には、大切なこともあれば、
いや、実際には、大切な事の方が、かなり少ないものだ。
それでも、ワタシは出来るだけ、話を聞くようにしている。
そうすることで、ウチの3兄弟たちは
「(少なくとも)お母さんは、聞いてくれる。」と思っているだろう。
…とはいえ、我が家には、『聞いたときの、母の気持ち』まで考えて
選んで話すヤツがいて、なかなか難しいのだが。
もちろん、子供達が成長するにつれて、全てを話すというわけには
いかなくなるだろう。
友達に相談もするようになるし、親には聞かれたくない事もある。
…が、実際に、中学や高校になっても、親にイロイロ話す子を
何人か知っているぞ…。
そういう家の母親は、だいたい、子供と友達のように話している。
そして、大らかで、男っぽいお母さんが多い…かな?
だが、そういう家の子の中には、厳しい躾をされていない子もいる。
明るくて、人懐こいけれども、言う事を聞かない…そういう子だ。
子供たちには、『親として』言われることに、反発する時期が
やってくるのだろう。
いつもいつも、『親の威厳』をもって話をするばかりでは、
子供の心は離れてしまい、だんだん、何も言わなくなる。
かといって、ゆるゆるになってしまうのは、マズイではないか。
このバランスを考えるのが、結構、難しいと思うのだ。
さて、どうするのが良いのだろう?
ワタシ…?
強妻頑母の場合は、ものすごく自己流なのだが、
『フレンドリー母さん』と『ヤバイ人もびっくり、怒鳴る母さん。』と
そして、いちばん怖い、『威厳タップリに、諭す母さん』を
臨機応変に、使い分けている。
子供の話を聞いたり、コチラから何かを探りたい時、何かをさりげなく
伝えたり、軽く注意したい時は、『フレンドリー母さん』である。
ちなみに、この顔のおかげで、よその子供たちにも、結構人気がある。
感情が先に立ち、叱ることが出来ず、つい、怒ってしまう時、
母が激怒するような、事件が起こったときは、
『ヤバイ人もびっくり、怒鳴る母さん。』が現れる。
実は、実家の母とダディ、強妻頑母がこのキャラに変身すると
「その言葉って…。」とか、「そんな娘に育てた覚えは無い。」と嘆く。
自分の中の『強さ』が出てくると、男言葉に近くなるワタシである。
もちろん、家の外で変身することは、ほとんどない。
外では全くの別人である…が、聞こえてる…ハズである。
最後の『威厳タップリに、諭す母さん』は、言うまでもなく、
3兄弟を“叱る”時のワタシである。
この時の母は、無敵であり、今のところ、誰にも邪魔は出来ない。
ワタシがこの3つのキャラを、その時々によって使いこなしてこそ、
子供とのコミュニケーションが上手く取れる、我が家である。
いや、もちろん、ウチにいるいちばん大きな子は、
小2なので、このやり方がずっと有効かどうかは、わからない。
ただ、子供と上手くコミュニケーションをとっているお宅は、
だいたい、同じように子供と接していらっしゃるように思う。
要するに、子供にとっては、いつまでも相談できたり、
本気で怒ったりしてくれる人が、必要なのでは無いだろうか。
実は、ワタシが、ココまで親子の会話に気を配るのには、理由がある。
子供が、イジメにあったり、事件にあったり…
そういう、何か困ったことに巻き込まれた時に、親に話をする確率は、
いかに普段から良い会話が出来ているか…それにかかっていると言う。
もちろん、親に言う事を止められている場合もあれば、
自分自身が、躊躇する事もあるだろう。
だが、普段、親子の会話が出来ている家の子供は、
親に話してみようかな…と思う気持ちが湧いてくるそうだ。
それには、もちろん、会話だけでなく、普段からの信頼関係が
あってこそなのだが。
ココで、最も気をつけなければならないことがある。
それは、
子供が話そうと思うタイミングを、外さないこと
実は、コレが、とっても難しい。
子供が親に話そうと思うのは、すごく勇気がいることなのだ。
成長すればするほど、話す事を悩み、迷うと言われている。
だから、そのタイミングを逃すと、「やっぱり止めよう…かな。」
と思ってしまうらしい。
その“最初の1回”を見極めるのは、歳が上になるほど、
そして、事が大きければ大きいほど、難しい。
子供は最初から「あのね、○○のコトで相談があるんだけど。」とか
「△△について、聞いて欲しいんだけど。」とは…多分、言わない。
最初に出てくる言葉は、「あのね…。」とか、「お母さん…。」とか
そういう言葉である。
深刻そうに言ったり、見るからに不自然だと、「…ン??」と思えるが
これまた、大きくなればなるほど、サラッと言う傾向にあるようだ。
そして、子供は、親が何かしているときこそ、言ってみようかなと
思うらしい。
そのくらい、親に話すことを、迷って、踏ん切りがつかないのだ。
考えてみて欲しい。
この言葉…、「あのね…。」「お母さん…。」
子供の口からよく出るこの言葉を、あなたは、どのくらい
気にかけているだろうか。
小さい頃は、この言葉は1日に何回出てくるかわからない。
その殆どは、たいした事ではなかったりする。
コチラも、日々、忙しくしている。
つい、「チョット待って。」とか「後にして。」と言ってしまう。
…が。
子供は、「チョット待って。」とか「後にして。」を言われると、
言うタイミングを失ってしまうケースが、非常に多いと言う。
せっかく勇気を出して、言ってみようかな…と思っても、
こういわれると、「やっぱり、やめておこうかな…。」と思うらしい。
この時、本人は、親に不信感を持つわけではない。
ただ単に、タイミングを失ってしまうのである。
むしろ、言わなくても良くなった事に、安心することもあるようだ。
そして、このままになってしまう事が多い…と言うわけだ。
「チョット待って。」「後にして。」を使った後に、
「さっきの話は、何だったの?」が言えればまだ、少しは良いのだが、
親が改めて構える体制になると、やはり、言いにくくもなる。
もちろん、その間に考えて、「やっぱり、言わなくても良いわ。」
と言えるくらいのコトなら、問題は無いのだが。
この話を聞いて、ワタシは、子供の「あのね…」「お母さん…」に、
出来るだけ、「チョット待って。」「後にして。」を言わないように、
気をつけている。
何かをしている時も、本人の表情を一度は見て確認し、
「なあに?」と答える。
我が家では、今のところ、コレで上手く話しをしてくれている。
もちろん、何度も書くように、たいした事では無い話が、殆どである。
だが、たいした事ではなくとも、子供が「親に聞いて欲しい」
と思っていることには、変わりないのだ。
だから、一応、最初は必ず、聞くようにしている。
少し聞いていると、話の内容や、重みの度合いが、すぐにわかる。
ココで初めて、対応を決めるのである。
ワタシの場合、内容が“日常の報告”であれば、
そのまま、軽く聞いている。
また、“急がない要求”であれば、
「今、○○をしてるから、その後でして(聞いて)あげるわ。」と言う。
この時、あまり時間が経たないうちに、要求に答えるよう心がける。
そして、少しでも、(…ン?)と思う場合には、
少し手を止めて、じっと顔を見てから、話を聞く。
ココで、本人がまだ躊躇していれば、少しの間、子供をリラックスさせ、
(しかし、親はやや緊張して)話を聞き続ける。
そして、(ン?)が、(!!)になった時点で、すぐに、
していることを止めて、キチンと話を聞く。
たとえ、テンプラを揚げていても、パンを成型していても、
ゴミを出さなくてはいけない時でも、予約のある外出の前であっても、
その時にしている作業を、中断する。
子供の、“たった1回の勇気”を逃す事に比べれば
作っているものがダメになろうと、ゴミ収集に間に合わなくとも、
予約時間に遅れたり…そんなことは、たいした事ではない。
そして、多くに場合、ワタシたちが思うほどの時間はとらず、
またすぐに、作業を再開できるのだ。
このことは、大変そうだと思われるかもしれないが、習慣になると
そう、たいしたことはない。
話の最初を少し聞いてから、「チョット待って。」「後にして。」
を言うかどうか、考えれば良いだけなのだから。
我が家の不思議クンは、感受性の発達が普通ではなく、自分の事以上に
相手や親のことまで考え、大切なことほど、なかなか話してくれない。
だがしかし、過去のワタシは、彼にとってのいちばん最初の勇気を、
逃してしまった可能性が、非常に高い。
まだ3歳の彼が、親子で遭遇した苦しい人間関係の中で、
何かを訴えたかったとき、強妻頑母もまた、同じ環境に苦しんでいた。
不思議クンの感受性の強さは、後から判ってきたことであり、
その時のワタシは、そこまで彼に気を遣ってはいなかったのだ。
早く気づいていれば、彼の心は、もう少し楽だったかも知れない。
その頃の事は、反省として残る。
その後、逆に、コレに気をつけていて早期発見できた“重要事項”も、
幾つかある我が家である。
だから、“子供の話を切らない”という事は、今のところ
有効な方法であると思っている。
ただし、ひとつだけ決まりがある。
「大人が話をしているときは、割り込まない。」こと。
この時だけ、子供は待たなければいけない。
つまり…
ワタシには、無いというわけである。
世の中には、悲しい事件が起こってから、嘆き悲しむ親達がいる。
「全く知らなかった。」とか、「全く気づかなかった。」とかいう、
最悪のケースもある。
報道を見ていると、「本当に、何も気づかなかったのか??」と
思わずにいられない場合もある。
ワタシにとって、自分の子供の苦しみを、全く知らないと言うのは、
とても辛い事であり、やはり、自責の念にかられると思う。
子供の話を聞く子育て…。
コレも、親子の信頼関係には、必要なことではないかと思うワタシである。
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from 覚え書き at 06/07/15
「娘に伝えたいこと」結婚する時に母からもらった本です。確か結婚当初にも読んだのですが、子供が生まれてしばらくして、なんとなくまた開いてみました。良いことが書いてある、と再びうならされました。ちょっと目次だけ抜粋させて頂いて…第六章 子育てが面倒だと...
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"話を聞く子育て"へのコメント
CommentData » Posted by zunko at 06/07/15
TITLE:
ふかーく頷きながら拝見させて頂きました。
初めてトラックバックというものをしたらやたら時間がかかってこんな時間に…(涙)
おやすみなさい〜
CommentData » Posted by jun at 06/07/15
TITLE:
なぜ、私が忙しいのか、マムさんのおかげでわかりました。
子どもが眠りに落ちる前の一瞬、お風呂に一緒に入ったときの一瞬、「あのね…」と、ふと思い出したように話しだす、その一瞬をすくいあげたくて、子どもに寄り添っているから なんだ って。
どんなに家事があっても、予定があっても、「あのね…」と話しだす言葉を必ず聞くのは、私が自分に課したことのひとつでした。
でも、このごろ、それがおろそかになりがちです。マムさんのおかげで、また、励ましをいただきました。
CommentData » Posted by アンティーク・マム at 06/07/16
TITLE:
☆zunkoさん
TB、ありがとうございます。
zunkoさんちは、子育てもこれからですものね。
頑張ってくださいね。
☆junさん
いつもありがとうございます。
そうですか、junさんも、それでお忙しかったのですね。(笑)
子供の「あのね…。」には、母親へのプレゼントが詰まっていますよね。
我が子の眼を通した日常、心の動き、母への想い…。
コレを聞くと聞かないとでは、母親としての喜びも、半減することでしょう。
ウチに家事をしてくれる人がいるならば、ずっと子供の話を聞いていたい、ワタシです。
CommentData » Posted by す〜さん at 06/07/16
TITLE: なるほど〜!
今までやってきたつもりでいたけど
母親とは違うから とか、子どもも中学生になったから とか
何か言い訳を自分で作っていた様な気がするなぁ
大変で難しい事やけど、自分の大切な子どもの為に
これからも互いに努力しましょう!
私は、マムさんのブログを見る度に反省です。
CommentData » Posted by ノア at 06/07/17
TITLE: わたしも・・・・
先日反省したばかりです。
気持ちに余裕がないと、つい言いつけるような言い方になってしまうのですよ。
その方が早いから。
でも落ち着いて「なあに?」と聞くと、出るわ出るわ・・・・子どもにも話したいことはたっぷりとあるんです。
親の意見が一番いいとは限らないしね。
抑えたり、出したり、まずは自分の舵取りからかもしれません。
CommentData » Posted by judy at 06/07/18
TITLE:
あたしも子供の話、後回しにしていたなぁ〜〜。またやった!ってことしょっちゅうなんです。いかんいかん(*_*;)
マムさんとこにくると、忘れかけてた事とかそ〜だったぁ〜ってことばかり。気づかせていただき感謝してます。
CommentData » Posted by アンティーク・マム at 06/07/19
TITLE:
[色:660099]お返事遅くなりまして、ごめんなさい。
そして、いつも、温かく見守ってくれて、ありがと〜![/色]
☆す〜さん
いつも、励まして下さって、ありがとうございます。
ワタシは、す〜さんのブログを見ると、尊敬の気持ちでいっぱいです。
こんなに、地域の子供達のために頑張っていらっしゃるのね〜って。
ワタシはただ、子供達のコト、好きなんです。
きっと、ずっとこのままでは、いかないんでしょう。
だからこそ、見ていたいし、出来るだけ、話もしたい…自己満足なのですよ。
でも、ひとりでも、子供達のために頑張ってくださる方が増えれば、嬉しいです。
頑張りましょう!
☆ノアさん
いつもありがとう!…そして、なかなか、コメント残せなくて、ごめんねぇ。
このテーマ、長らく下書きに入ってたのよね。
ノアさんも、この間ブログで書いてらっしゃいましたね。
子供の話を聞くというのは、大人にとっても素敵なことです。
子供の言葉の中には、キラキラやドキドキやジーンが、いっぱいなんですものね。
☆judyさん
いつも、ココへ来てくれて、ありがとう。
judyさんも、お忙しいですものね。
でも、少しずつ、自分が出来る時だけでも、いいと思いますよ。
無理しない程度にしていけば良いんじゃないかなぁ。
その分、きっと、何かが変ると思いますよ。