子育て世紀末 〜自立できない大人達〜 Category: カタル…
Posted at 06/05/30 PermaLink» Comment(12)» Trackback(1)»
「学校って、何だか、とっても不親切だよね。」
新1年生のお母さんが、ワタシに愚痴る。
イロイロな事に関して、細かい指示や連絡がない…と、その方は言う。
実は、ここのところ、こういう意見をよく聞く。
「H幼稚園は、なんでも丁寧に、お便りや連絡くれてたのよね。
だから、H幼稚園のお母さんたちはもう、みんな言ってるわ。
この学校って、何も言ってくれないって。」
「そうなの?ワタシは、鈍いからよくわからなかったわ。」
そう答えながら、
(そりゃ、アンタ、甘えすぎだわ…。)と思う、強妻頑母である。
ちなみに、我が子の通う幼稚園では、年長になると、入学に向けての
準備期間に入る。
ちょっとした事は、子供に伝達させるし、忘れ物をすると、自分でも
確認しなかった事を、注意される。
コレもまた、ワタシがこの幼稚園を気に入っている、ひとつである。
H幼稚園は、ビジネス優先で、賛否両論のある幼稚園である。
いくつかの場所に、多くの立派な施設の園を持っていて、
別料金の課外授業なども、充実している。
そして、H派と言われる母親の心を、がっちり捉えている…
そんな幼稚園である。
経営も保育とは、全く別管理で、しっかりとされているので、
全ての面で、“行き届いて”いるのだろう。
…だろうが。
「学校は、不親切で、どうしたらいいかわからない。」と言うのは、
いい歳をした、大人の台詞とは思えない。
しかも、1人や2人ではないのだから。
正直、「甘えるな、自分で考えナ…」ッテ感じの、強妻頑母である。
そして、幼稚園のその体制さえ、おかしいと思う、ワタシである。
儲け主義的な、人気ばかりを気にした考えが、まさに、
こういうお母さん達を作っていると、思わずにはいられない。
ダディとワタシは、出会った時点で、既に十分過ぎる程、大人だった。
ほぼ、自立していた者同士だった。
ほぼ…と言うのは、親元にいたから。
生活費を入れてはいたが、必要経費の全てを支払っていた訳ではない。
だが、そのことを除けば、経済的にも精神的にも、ほぼ自立していた。
そうなる理由は全く違うものの、ある意味、その頃の私たちには、
唯一の共通点であったかもしれない。
何度も書いて申し訳ないが、我が家は今、結婚以来、最悪の経済状況だ。
だが、ワタシ達は、“親に頼る。”という選択肢は、持たない。
それぞれの親が、経済的に裕福ではないという想いも、無くはない。
だが、それ以前に、ワタシたち夫婦には、どちらにも、
「成人して、親に頼るなんて…。」てな、変なプライドがある。
だから、僅かな貯蓄を崩して、今を、凌いでいる。
「頼ると言うことは、口を出されても、仕方がない。」という、ダディ。
「どちらの親にも、これ以上、心配をかけたくはない。」と思うワタシ。
2人の家庭は2人で作り、全てが自分達の責任だが自由もある…
これが、ワタシ達のやり方である。
だから、お金に関しても、精神的な事、トラブルに関しても、
両方の親や兄弟を頼ることは殆どなく、どんな事も2人で決めて、
そして、悩み、苦しみながらも、頑張ってきた。
だから、親に子供を見てもらって、遊びに出かけたりしたことなど、
一度もない。
もちろん、出産時や、病気のとき…特に、双子を出産した時は、
手伝ってもらうこともあった。
だが、親たちの体力や、精神的な疲れを考えると、申し訳なく、
コチラから、手伝いを頼むのは、必要最低限と決めていた。
そして、どちらの実家へ行くときも、お互いの親を、気遣ってきた。
ワタシ達は、こうして、2人で家庭を作ってきた。
驚いたことに、この事を、「カワイソウ…。」と言う人が多かった。
一般に、結婚すると、一応、“自立”したと、いうことになるのだが、
本当の意味で、自立している夫婦は、どのくらいいるのだろうか。
自立というのは、大人になったから、結婚したからといって、
急に出来るものではない。
それは、小さい頃からの積み重ねによって、身についていくものだと、
ワタシは思っている。
どの家庭でも、我が子が生まれると、その愛らしさに心奪われ、
出来る限りの愛情を、注いでいくだろう。
初めて親になった時の事を、思い出して頂きたい。
子供が泣くと、おなかが空いたのかしら…、
それとも、オムツが汚れたかしら…、
どちらでもなければ、具合が悪いの?…
などと、不安に思った、そんな懐かしい経験が、おありだろう。
赤ちゃんは、泣くことで、意思を伝えると言われている。
泣き方で、訴えていることが違うそうだ。
そして赤ちゃんのあの、愛くるしい笑顔は、生きる術だそうだ。
どんな赤ちゃんでも、神様から、だれもが愛さずにはいられない、
愛くるしい笑顔を与えられて、生まれてくる。
それは…誰かが助けてくれないと、生きていけないから…。
だから、親は、無条件に、子育てに力を注いでいくのだ。
ところが、子供が成長していく過程で、我が子可愛さのあまり、
子供の“自立心”を育てることを、忘れてはいないか。
【自立心】
人に頼らず、独り立ちして自力でやっていこうとする心構え。
【独り立ち】
(1)他人に支えてもらったり物につかまったりせず、自分ひとりで
立ち上がること。
(2)他人の助けを借りず、自分の力だけでやっていくこと。
自立。独立。
( 三省堂提供「大辞林 第二版」より)
辞書には、こう、記されている。
我が子を授かって、ほぼ1年が経つ頃には、子供は独りで立ち、
歩みを始める。
コレは、親にとっても、とても嬉しいことで、印象に深い出来事だ。
まさに、子供は、ココから、自分の足で、人生を歩み始めるのだ。
言い換えれば、ココから、“自立”は始まっている。
ところが、歩き始めたからといっても、まだまだ幼い子供。
当然、親の手が必要になってくる。
だが、ココで少し、考えてみたい。
実は、ワタシ達は、必要以上のことをしていないだろうか。
今は、「5人、6人は、当たり前」と言う時代とは違って、
少子化で子供の数が少ない。
過去の母親達は、沢山の子供達を育てながら、家事をこなしていた。
自分が選んで…と言うよりは、当たり前のこととして、忙しい日々を、
送っていたことだろう。
当然、子供達一人一人に心を配り、丁寧に子育てする…
などと言うことは、不可能であっただろう。
まず、上の子から育て、下の子が生まれれば、上の子が、
家事も育児も、手伝いをする。
下の子は、母親からいちいち言われなくとも、上の子を見て、
また、育つ。
つまり、年相応に自立していくのだ。
だが、今は違う。
ワタシ達は、当時と比べ、家事も楽になり、時間がたっぷりある。
日々の生活の中で、一人一人に向き合った育児ができる。
育児書にも、「赤ちゃんを抱いて、目を見て、話しましょう。」とか、
「触れることで、情緒が育ちます。しっかり抱いてあげましょう。」とか、
今時の、丁寧な子育ての仕方が、書いてある。
ウチなどは、兄弟の構成上それができなくて、よく、よそのお母さんに、
「○○してあげたほうがいいわよ〜。」と言われたものだ。
もちろん、それは、どれも大切なことであり、出来得るならば、
そうすることが、望ましいと思う。
だが、それが出来なかった、過去の人々の子育ては、
果たして、現在の私たちと比べて、情緒が発達しなかっただろうか?
過去の子育ては、子供達に寂しい思いをさせただろうか?
ワタシは、そうは思わない。
彼らは、親子が向かい合い、触れ合う、丁寧な子育ての代わりに、
年相応の“自立”を学ぶことが出来た。
それは、自分のためでもあり、家族のためでもあっただろう。
ヒトは自分の足で立った時点で、自分で考えるようになるのだ。
自分で立ち、自分で考え始め、少しずつ豊かな感情を育てたのではないか。
両親や祖父母、そして年上の兄弟達の忙しく働く姿をみて、
思いやりや、責任を学んだのではないか。
それに比べて、今のワタシ達は、子供の“自立心”を妨げてはいないか。
さらに言うならば、私たちもまた、同じように育てられた世代の親なのだ。
普段、私たちは、独立した家族として…つまり、一応、自立して
暮らしている。
そのまた親世代も、経済的には余裕があり、まだまだ元気である。
老いて働けなくなる親を、今度は子供が養う…という家も少なくなり、
核家族化が進んでいる。
一見、過去の家族に比べて、それぞれが自立しているように見える。
だが、実状は少し違う。
今は大人になっても、何かがあるとすぐ、親に頼るヒトが多い。
親の方も、子供が頼ってきた時には、出来る限りのことをしてくれる。
言い換えれば、まだ、それだけの経済力、体力、時間があるのだ。
そして、別々に暮らすがゆえの、寂しさもある。
「子供が甘えてくれるコトが、嬉しい。」と思う親も少なくないようだ。
こうして、成人しても結婚しても、親を頼りにし、なんでも親掛かり…
そんな大人達が、つくられていく。
ウチは、子供の状況から、幼稚園や学校、また、専門の先生と
話をする機会が多い。
ワタシの、強妻頑母的見解は、こうした先生のお考えと似ているらしく、
意気投合し、突っ込んだ話をすることも多い。
ベテランの幼稚園や学校の先生や、カウンセリングの先生などは、
よく、こう言われる。
「最近のお母さんは、成長していない。」
「お母さんが、まだまだ、子供である。」
「昔のお母さんは、こうではなかった。」
教育の現場にいて、長い期間をかけて、子供達とその家庭を、
真剣に見て来られた先生方の、お言葉である。
やはり、家庭教育や親の考え方の変化と現状を、嘆いていらっしゃる。
だが、いくら解っていても、母親達に、伝える術がないのだ。
何しろ、今のこの国には、「自由」や「個人の尊重」が当たり前に
なっていて、多くの母親達は、聞く耳を持たない。
成長できていない、自立できない大人は、だんだん多くなり、
こうした大人たちが引き起こす問題や事件が、年々、増えている。
何かがあると、誰かに頼る。
それを拒否されると、投げやりになったり、人を恨んだり…
そういう解決しか出来ない。
自立心のない大人…もっといえば、自立心のない親達が、
大いに自己主張して、自信満々で、子育てをしている。
その子供も、また、「自立心」が何であるかを知らされずに、
成長していくのだ。
考えると、怖くなってくる。
今の子供たちは言う。
どうしてそうしたのかと聞けば、「お母さんがそうしてたから。」
どうしてそう思うのかと聞いても、「お母さんがそういってたから。」
そして、何かがあると、「お母さんに聞いてくる。」と言い、
失敗しても、「お母さん、言ったじゃない!」と、親のせいにする。
子供だけではない、若者や、もうすでに、いい年をした大人にも、
そういう人たちが沢山いる。
学校、職場、地域…。
あらゆるトコロに、そういう“自立できない大人”が存在している。
そして、政治家、官僚、一流企業の経営陣、医者、教師…。
確固たる信念を持っていなければ、成り立たないような立場の人達にも、
自分の責任を果たせない人が、沢山いる。
今、ワタシ達はもう一度、考えなければならないのではないか。
この国の、将来を安心して託すことの出来る、子育てを。
自立するというのは、疎遠になるとか、個々が自由気ままに暮らす…
ということとは違う。
自立するというのは、まさに、そのまま…“自分で立つ”のだ。
「人と言う字は、人と人とが寄りかかっているという字」と言うが、
大人が一人一人、自分で立つ力が無ければ、寄りかかることも、
寄り添うことも、そして、共に歩む事も困難である。
今からでも、遅くはない。
子供の自立心を、育ててみよう。
そんなに、大変なことではない。
日々、重ねていけばよいのだから。
ただし、ココで注意したいことがある。
自立心を育てると言うのは、子供に手をかけず放任する…
というのとは、違う。
そこを間違うと、また、別の問題が出て来る。
さて、あなたは、どうする?
ウチの場合?
…それは、また、別の記事で。
よろしければ、1日ワンクリック、いただけますか?→
新1年生のお母さんが、ワタシに愚痴る。
イロイロな事に関して、細かい指示や連絡がない…と、その方は言う。
実は、ここのところ、こういう意見をよく聞く。
「H幼稚園は、なんでも丁寧に、お便りや連絡くれてたのよね。
だから、H幼稚園のお母さんたちはもう、みんな言ってるわ。
この学校って、何も言ってくれないって。」
「そうなの?ワタシは、鈍いからよくわからなかったわ。」
そう答えながら、
(そりゃ、アンタ、甘えすぎだわ…。)と思う、強妻頑母である。
ちなみに、我が子の通う幼稚園では、年長になると、入学に向けての
準備期間に入る。
ちょっとした事は、子供に伝達させるし、忘れ物をすると、自分でも
確認しなかった事を、注意される。
コレもまた、ワタシがこの幼稚園を気に入っている、ひとつである。
H幼稚園は、ビジネス優先で、賛否両論のある幼稚園である。
いくつかの場所に、多くの立派な施設の園を持っていて、
別料金の課外授業なども、充実している。
そして、H派と言われる母親の心を、がっちり捉えている…
そんな幼稚園である。
経営も保育とは、全く別管理で、しっかりとされているので、
全ての面で、“行き届いて”いるのだろう。
…だろうが。
「学校は、不親切で、どうしたらいいかわからない。」と言うのは、
いい歳をした、大人の台詞とは思えない。
しかも、1人や2人ではないのだから。
正直、「甘えるな、自分で考えナ…」ッテ感じの、強妻頑母である。
そして、幼稚園のその体制さえ、おかしいと思う、ワタシである。
儲け主義的な、人気ばかりを気にした考えが、まさに、
こういうお母さん達を作っていると、思わずにはいられない。
ダディとワタシは、出会った時点で、既に十分過ぎる程、大人だった。
ほぼ、自立していた者同士だった。
ほぼ…と言うのは、親元にいたから。
生活費を入れてはいたが、必要経費の全てを支払っていた訳ではない。
だが、そのことを除けば、経済的にも精神的にも、ほぼ自立していた。
そうなる理由は全く違うものの、ある意味、その頃の私たちには、
唯一の共通点であったかもしれない。
何度も書いて申し訳ないが、我が家は今、結婚以来、最悪の経済状況だ。
だが、ワタシ達は、“親に頼る。”という選択肢は、持たない。
それぞれの親が、経済的に裕福ではないという想いも、無くはない。
だが、それ以前に、ワタシたち夫婦には、どちらにも、
「成人して、親に頼るなんて…。」てな、変なプライドがある。
だから、僅かな貯蓄を崩して、今を、凌いでいる。
「頼ると言うことは、口を出されても、仕方がない。」という、ダディ。
「どちらの親にも、これ以上、心配をかけたくはない。」と思うワタシ。
2人の家庭は2人で作り、全てが自分達の責任だが自由もある…
これが、ワタシ達のやり方である。
だから、お金に関しても、精神的な事、トラブルに関しても、
両方の親や兄弟を頼ることは殆どなく、どんな事も2人で決めて、
そして、悩み、苦しみながらも、頑張ってきた。
だから、親に子供を見てもらって、遊びに出かけたりしたことなど、
一度もない。
もちろん、出産時や、病気のとき…特に、双子を出産した時は、
手伝ってもらうこともあった。
だが、親たちの体力や、精神的な疲れを考えると、申し訳なく、
コチラから、手伝いを頼むのは、必要最低限と決めていた。
そして、どちらの実家へ行くときも、お互いの親を、気遣ってきた。
ワタシ達は、こうして、2人で家庭を作ってきた。
驚いたことに、この事を、「カワイソウ…。」と言う人が多かった。
一般に、結婚すると、一応、“自立”したと、いうことになるのだが、
本当の意味で、自立している夫婦は、どのくらいいるのだろうか。
自立というのは、大人になったから、結婚したからといって、
急に出来るものではない。
それは、小さい頃からの積み重ねによって、身についていくものだと、
ワタシは思っている。
どの家庭でも、我が子が生まれると、その愛らしさに心奪われ、
出来る限りの愛情を、注いでいくだろう。
初めて親になった時の事を、思い出して頂きたい。
子供が泣くと、おなかが空いたのかしら…、
それとも、オムツが汚れたかしら…、
どちらでもなければ、具合が悪いの?…
などと、不安に思った、そんな懐かしい経験が、おありだろう。
赤ちゃんは、泣くことで、意思を伝えると言われている。
泣き方で、訴えていることが違うそうだ。
そして赤ちゃんのあの、愛くるしい笑顔は、生きる術だそうだ。
どんな赤ちゃんでも、神様から、だれもが愛さずにはいられない、
愛くるしい笑顔を与えられて、生まれてくる。
それは…誰かが助けてくれないと、生きていけないから…。
だから、親は、無条件に、子育てに力を注いでいくのだ。
ところが、子供が成長していく過程で、我が子可愛さのあまり、
子供の“自立心”を育てることを、忘れてはいないか。
【自立心】
人に頼らず、独り立ちして自力でやっていこうとする心構え。
【独り立ち】
(1)他人に支えてもらったり物につかまったりせず、自分ひとりで
立ち上がること。
(2)他人の助けを借りず、自分の力だけでやっていくこと。
自立。独立。
( 三省堂提供「大辞林 第二版」より)
辞書には、こう、記されている。
我が子を授かって、ほぼ1年が経つ頃には、子供は独りで立ち、
歩みを始める。
コレは、親にとっても、とても嬉しいことで、印象に深い出来事だ。
まさに、子供は、ココから、自分の足で、人生を歩み始めるのだ。
言い換えれば、ココから、“自立”は始まっている。
ところが、歩き始めたからといっても、まだまだ幼い子供。
当然、親の手が必要になってくる。
だが、ココで少し、考えてみたい。
実は、ワタシ達は、必要以上のことをしていないだろうか。
今は、「5人、6人は、当たり前」と言う時代とは違って、
少子化で子供の数が少ない。
過去の母親達は、沢山の子供達を育てながら、家事をこなしていた。
自分が選んで…と言うよりは、当たり前のこととして、忙しい日々を、
送っていたことだろう。
当然、子供達一人一人に心を配り、丁寧に子育てする…
などと言うことは、不可能であっただろう。
まず、上の子から育て、下の子が生まれれば、上の子が、
家事も育児も、手伝いをする。
下の子は、母親からいちいち言われなくとも、上の子を見て、
また、育つ。
つまり、年相応に自立していくのだ。
だが、今は違う。
ワタシ達は、当時と比べ、家事も楽になり、時間がたっぷりある。
日々の生活の中で、一人一人に向き合った育児ができる。
育児書にも、「赤ちゃんを抱いて、目を見て、話しましょう。」とか、
「触れることで、情緒が育ちます。しっかり抱いてあげましょう。」とか、
今時の、丁寧な子育ての仕方が、書いてある。
ウチなどは、兄弟の構成上それができなくて、よく、よそのお母さんに、
「○○してあげたほうがいいわよ〜。」と言われたものだ。
もちろん、それは、どれも大切なことであり、出来得るならば、
そうすることが、望ましいと思う。
だが、それが出来なかった、過去の人々の子育ては、
果たして、現在の私たちと比べて、情緒が発達しなかっただろうか?
過去の子育ては、子供達に寂しい思いをさせただろうか?
ワタシは、そうは思わない。
彼らは、親子が向かい合い、触れ合う、丁寧な子育ての代わりに、
年相応の“自立”を学ぶことが出来た。
それは、自分のためでもあり、家族のためでもあっただろう。
ヒトは自分の足で立った時点で、自分で考えるようになるのだ。
自分で立ち、自分で考え始め、少しずつ豊かな感情を育てたのではないか。
両親や祖父母、そして年上の兄弟達の忙しく働く姿をみて、
思いやりや、責任を学んだのではないか。
それに比べて、今のワタシ達は、子供の“自立心”を妨げてはいないか。
さらに言うならば、私たちもまた、同じように育てられた世代の親なのだ。
普段、私たちは、独立した家族として…つまり、一応、自立して
暮らしている。
そのまた親世代も、経済的には余裕があり、まだまだ元気である。
老いて働けなくなる親を、今度は子供が養う…という家も少なくなり、
核家族化が進んでいる。
一見、過去の家族に比べて、それぞれが自立しているように見える。
だが、実状は少し違う。
今は大人になっても、何かがあるとすぐ、親に頼るヒトが多い。
親の方も、子供が頼ってきた時には、出来る限りのことをしてくれる。
言い換えれば、まだ、それだけの経済力、体力、時間があるのだ。
そして、別々に暮らすがゆえの、寂しさもある。
「子供が甘えてくれるコトが、嬉しい。」と思う親も少なくないようだ。
こうして、成人しても結婚しても、親を頼りにし、なんでも親掛かり…
そんな大人達が、つくられていく。
ウチは、子供の状況から、幼稚園や学校、また、専門の先生と
話をする機会が多い。
ワタシの、強妻頑母的見解は、こうした先生のお考えと似ているらしく、
意気投合し、突っ込んだ話をすることも多い。
ベテランの幼稚園や学校の先生や、カウンセリングの先生などは、
よく、こう言われる。
「最近のお母さんは、成長していない。」
「お母さんが、まだまだ、子供である。」
「昔のお母さんは、こうではなかった。」
教育の現場にいて、長い期間をかけて、子供達とその家庭を、
真剣に見て来られた先生方の、お言葉である。
やはり、家庭教育や親の考え方の変化と現状を、嘆いていらっしゃる。
だが、いくら解っていても、母親達に、伝える術がないのだ。
何しろ、今のこの国には、「自由」や「個人の尊重」が当たり前に
なっていて、多くの母親達は、聞く耳を持たない。
成長できていない、自立できない大人は、だんだん多くなり、
こうした大人たちが引き起こす問題や事件が、年々、増えている。
何かがあると、誰かに頼る。
それを拒否されると、投げやりになったり、人を恨んだり…
そういう解決しか出来ない。
自立心のない大人…もっといえば、自立心のない親達が、
大いに自己主張して、自信満々で、子育てをしている。
その子供も、また、「自立心」が何であるかを知らされずに、
成長していくのだ。
考えると、怖くなってくる。
今の子供たちは言う。
どうしてそうしたのかと聞けば、「お母さんがそうしてたから。」
どうしてそう思うのかと聞いても、「お母さんがそういってたから。」
そして、何かがあると、「お母さんに聞いてくる。」と言い、
失敗しても、「お母さん、言ったじゃない!」と、親のせいにする。
子供だけではない、若者や、もうすでに、いい年をした大人にも、
そういう人たちが沢山いる。
学校、職場、地域…。
あらゆるトコロに、そういう“自立できない大人”が存在している。
そして、政治家、官僚、一流企業の経営陣、医者、教師…。
確固たる信念を持っていなければ、成り立たないような立場の人達にも、
自分の責任を果たせない人が、沢山いる。
今、ワタシ達はもう一度、考えなければならないのではないか。
この国の、将来を安心して託すことの出来る、子育てを。
自立するというのは、疎遠になるとか、個々が自由気ままに暮らす…
ということとは違う。
自立するというのは、まさに、そのまま…“自分で立つ”のだ。
「人と言う字は、人と人とが寄りかかっているという字」と言うが、
大人が一人一人、自分で立つ力が無ければ、寄りかかることも、
寄り添うことも、そして、共に歩む事も困難である。
今からでも、遅くはない。
子供の自立心を、育ててみよう。
そんなに、大変なことではない。
日々、重ねていけばよいのだから。
ただし、ココで注意したいことがある。
自立心を育てると言うのは、子供に手をかけず放任する…
というのとは、違う。
そこを間違うと、また、別の問題が出て来る。
さて、あなたは、どうする?
ウチの場合?
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"子育て世紀末 〜自立できない大人達〜"へのコメント
CommentData » Posted by リーフ at 06/05/31
TITLE: ぐさっ
刺さるわ〜。
私にも思い当たることたくさんだわ。
ま、甘えられて嬉しいって思われる程度ですけど・・。
18歳で一人暮らしをし、結婚する前半年ほど実家に帰っただけの私。
よく考えると親に意識的に甘えてきたことは少なく、なるべく心配かけずにと思い、夫と家を飛び出すほどのケンカをしても親には言わなかった。
マムさんほどの覚悟があるわけじゃないけど、
「ママとお買い物行ってお洋服かってもらった〜」
なんていう昭和50年代生まれのママ友達をみると、
「いいのか!それで!」
って心の中でつっこんでた(笑)
子どもはかわいい。
見た目やしぐさとかじゃなく、自分の身をかけてこの世に誕生した人間だからこそ。
親がいなくなっても生きていけるように全力で生きる力をつけさせていく、これにつきるとおもうんだなぁ。
だから夫が危ないからっていうスーパーへのお使いも、夫がきちんととげてないっていうこめとぎも、ひとりでのお風呂も(1日おきに私と入って、ガシガシすってやる)、風呂掃除に玄関はき、花のみずやり、たまには皿洗いも、3年生の長男にはやらせ始めた。決して無理にじゃなく、生活力を身につけて欲しいから。本人の気が乗ってるときをみはからって。
今年は味噌汁に挑戦のつもり。
ご飯と味噌汁があれば、おかずはなんでもいい、一人でご飯食べることができるし。
これが我が家の自立の第一歩。
えらそうにかいちゃったけど、毎日ほんと戦いながら生活してるわ〜。
なんか本題とずれちゃったけど・・。
CommentData » Posted by アンティーク・マム at 06/05/31
TITLE:
☆リーフさん
早速コメントありがとう。
いやいや、ずれちゃ、いませんよ〜、次回、そういう話題ですからね。
ワタシも、ダディとの事も、不思議クンのことも、滅多に言わない。
>「ママとお買い物行ってお洋服かってもらった〜」
…どころか、「お米は実家で買ってもらうの。」とか、「子供の服は、親にねだるに限るわ。」
とか、「今月は、買い物しすぎたから、週末は実家で食事。その方が喜ぶし。」とか、
「今でも、ときどき、小遣いをもらう。」とか聞くと、「いいわね。」とほほ笑んで、
(バッカだねぇ、どんなに家計が苦しくても、実家に行く時は、手土産もって、
時々は、小遣いや好きなものを、プレゼントするんだよ。)
って思う、強妻頑母でありまする。アハハ。
言うと、何だか負け惜しみみたいになるよねぇ。
でも、リーフ家は、きちんと自立心、育ててらっしゃるのね。[色:FF6699]d(o^v^o)b[/色]
頑張りましょう…子供達の将来のために。
CommentData » Posted by うたの森 at 06/05/31
TITLE:
ママに聞く・・・・我が家の子供たちだわ・・・・。口を出しすぎなのよね。反省です。
実家に頼らない。これは、我が家もそうです。あ〜・・子供たちにって、5000円とかを曾ばあちゃんがくれますね。それを、失敬することはあります(笑)
それに、畑や田んぼからいろいろ頂戴はしてますが・・・(これは許される?笑)
我が家も、お父ちゃんが3交代制の仕事に異動して早や6年。かなり緊迫した家計ですが、やっぱり、野菜と米以外は甘えたくないな・・・・。
早く、毎日仕事に行く部署に異動して欲しい・・・・。切実な願いです。
CommentData » Posted by うたの森 at 06/05/31
TITLE: そうそう、
学校が不親切・・・というか、ゆうやんの先生がちょっと・・・って思ったことはありますね。
宿題のプリントがない、宿題のドリルが無い、そういうことを帰ってきてから言うんですよ。連絡帳に書いてあるし、甘いと言われても、取りに学校まで車とばし、先生のところに行かせると、
「渡し忘れた(配り忘れた)から、今日はなしね〜。」
って言われて戻ってくるんです。そういう時は、
「なんじゃぁぁ!!!」って思います。
あと、子供の言う事に疑問があったりした場合は、ダイレクトに担任の先生に電話します。
ま、そんなことは1年生の時に1回あるかないかですけど。
そのうちに、子供がしっかりと聞いてくるようになるんですけどねぇ。
幼稚園の時に、親に伝えるという事を学べないのは、その幼稚園の体制が悪いと私も思います。
CommentData » Posted by ノア at 06/05/31
TITLE: こんなに快適な世の中だからこそ
今の世の中は、ある意味、自立しなくても快適に生きていけるんだよね。
この国は安全だし、豊かだし、よほどのことがない限り、ちゃんと大人になれるのを保障されているようなものだし。
世界一の長寿国で、親にお金も力があるから。頼れるうちは・・・という考えももっともかもしれない。
それはそれで幸せなことだろうし。
わたしもかなりのアマちゃんでした。
どうしても誰の助けも借りずに自分でなんとかしなくてはならない、
そういう時期にぶち当たって、成長したのだと思います。
それは快適な生活が続いていれば、決して手に入らなかったものかもしれません。
わたしも子どもには、与えてもらうのを待つより、自分で望んだから手に入れることができた、という経験を積んでもらいたいです。
人のせいではない、やりたいことは自分の責任でできる子になってもらうのが望み。
できれば自分だけのためではなく、自分以外のものへも興味をもって(個人でも社会でも)
自立というのは、自分が望んだことを自分の責任で行動する、そう解釈しています。
そうするとやっぱり知恵も使うしねー、やらされているだけの人になっては、損ですよ。
あれ?話それた・・?(^^)
しかし、マムさんの記事は、濃いわ〜(^^)。
CommentData » Posted by MYU at 06/05/31
TITLE:
我家はまだ、子供がいないので、若いお母さん達の事情は分かりませんが、仕事をしていたときも、同じような人がいました。
「MYUさんはそんなことは言っていませんでした」とかすぐ人のせいにして、逃げる。
この人達が『人の親』や『上司』になっていくのかと思うとちょっと怖かったですが、実際に存在するんですね。
(*_*;
CommentData » Posted by 寿司屋のおかみさん小話 at 06/06/01
TITLE: 最近も
最近も、近所の奥様の話でびっくりしたことが。自分の子供がいじめられていると感じているらしく、それを学校の担任のせいにしているのです。あの先生がきちんとしてくれないからだと。すべての原因は、家庭の中から生まれるのだということを、もっと学んでほしいと思いましたねェ。
CommentData » Posted by bunga3 at 06/06/01
TITLE: 自立というのは・・・
マムさんがおっしゃる通りの定義だと思います。私たちもお互いに次男・次女の組み合わせなので、親には頼らないタイプなのです。
でもある日義母に言われました。
「何でも一緒に心配するのが家族なんだから
小さなことでも相談してほしい」と・・・。
義弟夫婦は甘え上手で、マイホーム取得の
ときもチャッカリ親から出してもらっています。
義兄夫婦は家屋敷全部相続しました。
何ももらわなかったのは、真ん中の私たち夫婦だけです。自立意識が強過ぎて親に甘えることもしなかった結果です。
いま、自分の息子たちを逆の立場で見ていると、しっかりしている長男夫婦は何の心配も
ありません。でも、やはり甘えてほしいかな?金銭的なものも孫のためだと何とも
思わないので、遠慮はしないで欲しい・・・と思うこともあります。
しっかりと自立することは当然大事なことですが、どの程度までがんばるか?は相手を見ながら・・・たまには甘えてあげるのも
大事なことかもしれませんね。
CommentData » Posted by アンティーク・マム at 06/06/01
TITLE: いつもありがとうございます。
☆うたの森さん
実家に頼れるうちはいい。
でも、どうなの?ッてくらい、親掛かりで生活している方が、いらっしゃるんですよね。
いざという時に、自分の家族は自分で守れるように、なって欲しいと思います。
☆ノアさん
濃い?!…毎度、ごめんねぇ。(笑)
まだ、いくつか、濃〜く、煮詰めています。アハハ
ワタシも、ずっと甘えていけるなら、それもまた幸せかな…とおもいます。
でも、人生って、何があるか解らないじゃない。
何か起きて、「エエーー。どうしよう。」じゃ、困る訳で…。
ウチの母が、父から自立したのは、ホンの十数年前だけど、えらく苦労してた。
「いつかは、越えなくちゃいけない試練だったと思う。少し、遅かったので、きつかった。」
と言っておりました。
早いか、遅いか…比較的簡単なのか、大変なのか…って事でしょうかね。
☆ MYU さん
人任せにしていると、もう、それが当たり前になってくるんでしょうねぇ。
そして、相手の負担も、気持ちも考えられなくなる。
最終的には、一人一人ですから…みんな。
☆寿司屋のおかみさん
そうなんですよね。
今の人は、何かあると、悪いのは学校だとか幼稚園だとか…。
でも、たとえ先生が頼りなくっても、家庭がしっかりしていれば、また、別の方法があると
思うんですけどね。
っていうか…考えることをしないお母さん方が
多い気がします。
☆bunga3さん
うん、うん。bunga3さんのおっしゃってること、よく解ります。ありがとうございます。
でも、残念ながら、ワタシの母は、事情があって甘えられない状況ですし、優しかった義母も、今や、ほとんど寝たきりですし、義姉の事もあって、やはり、頼ることが出来ません。
でも、ワタシ達はそれを、恨みに思うことは一度もありませんでした。
それは、やっぱり、自分達がある程度、自立できていたからかなぁ、と思うんです。
自分で生きていく事の大変さを知ると、人の優しさに感謝できる。
だから、自立してこそ、たまには甘えても、良いのかもしれませんね。
CommentData » Posted by judy at 06/06/05
TITLE: マムさんこんにちは
真剣に読んでしまいました。その通りだと思いつつこんな、私も結構実家に頼っていました。というか私自身、1年前に離婚して子供2人引き取り、生活費、養育費もなくここ1年頑張りました。突然の離婚で、目の前真っ暗。当時わずかなパート収入のみ、借家での極貧生活・・・。まず、仕事、正社員、ボーナスを考え職探し。母子家庭手続き、などなどハードな毎日が続き、下が小1、上が中2でしたので子供も不安定となっていたんですよ。でも母は、結構強いんだな、コレが・・・。今までなんでも旦那に依存してた自分が、とにかく自分でやるしかない!でも意外と出来たりするんですわ(ビックリ)でも始めは、オロオロ状態でしたがw
やはりその時は、本当に実家に、助けられました。感謝、感謝、感謝につきます。年金暮らしなのにもかかわらず(T_T)
CommentData » Posted by アンティーク・マム at 06/06/06
TITLE:
☆judyさん
どうしても、1人ではダメな時もあります。
そんな時は、やはり身内に頼るのがいちばん良いと思いますよ。
他人に頼ると、あとで厄介なコトになることがありますから。
イロイロ大変でしょうが、頑張ってください。
“自立”は、自分のできる範囲で…十分だと思います。
CommentData » Posted by judy at 06/06/06
TITLE: 中途半端でのっちゃいましたね(^^;
仕事中に書き込みしていてそのままアップされていたとは・・・お恥ずかしい(´Å`)
わたしなりにゆる〜く頑張ってますw
また来ます。