運命を変えた出来事  Category: 記憶をたどって…

Posted at 06/02/19 Comment(11)» Trackback(1)»

はじめに
この記事は、アップするかどうかかなり迷い、

長い間下書きのままおいてありました。
ここに書きました出来事は本当に一例であり、

多くの医療従事者の方、消防関係の方は、
日々、全力を尽くしていらっしゃると思っております。
ただ、どんな時にも子供を守ると言う事は、

学校や病院や他の誰の力でもなく、
やはり、母親にしか出来ないということを考えていただきたく、

あえてアップする事に致しました。
一番近くにいるものにしか気づけない事もあるのです。

今は子供達を巻き込んだ痛ましい事件が多く心が痛みます。
また、自ら命を絶つヒトも、増えているように思います。
命の重みを、生きていくと言う事を、

改めて考えていただけたらと思います。

なお、まことに勝手ながら
この記事へのコメントのお返事は控えさせていただきます。
ご了承下さい。



冷たい冬の雨の朝、小さな町で不幸な偶然が重なった。
一晩のうちにあっという間に、小さな命が星になった。
1歳2ヵ月という短い命だった。

前日の朝、水分が取りにくいと伝えたのに見落とした小児科医師。
夜間時間外担当の明らかにいい加減な診察をした内科医師は、
「こんな小さな子を、診た事がないので…。
でも、よい状態ではないようなので、
明日、早めに小児科を受信してください。」

と言って、診察室で母親に座薬を入れさせた。
最初の電話を、
「初めてのお子さんですか? 
熱性痙攣だろうから様子を見るように。
お母さんが落ち着いてくださいよ。」

といった、消防署のヒト。
再度電話で、総合病院への搬送を依頼したのに、
「隣の市なので搬送できないから、お宅から
連れて行ってよいか電話確認してください。」

と言った消防士。
仕方なさそうに、
「では、まあ、連れてきてみてください。」
と言った総合病院の医師。

数ヶ月前に住んでいた場所には、大きな病院がいくつもあった。
そこでも、同じことが起こっただろうか。
母親にとっては初めての子で、経過の把握ができなかった。
だから、医師や消防隊の判断を信じていた。
腕の中で、どんどん顔色が悪くなっていく彼女。
待ちきれず、雨の中、救急車を迎えに出た母親。
誰が彼女の死を予想していたであろうか。

救急車の速度が、ものすごく遅く感じられた。
彼女に酸素マスクを付けながら、消防士が言った。
「お母さん、落ち着いてください。」
だが、言われるまでもなく母親は落ち着いていた。
事態を把握しようと必死で考えていた。

長い時間が過ぎ、救急車は隣の市の総合病院に着いた。
出迎えた医師…電話にでた医師が、彼女を見た瞬間、
さっと顔色を変えたのを、母親は見逃さなかった

「心臓と呼吸はいつから停止しているんだ!!」
「は? いや、心臓は…」

心停止を把握していなかったようだった消防士を残し、
彼女は運ばれた。

母親の頭の中は、急にスーッと恐ろしいくらいに覚めてきた。
(この子は、もう、駄目なのかも知れない。)
心なしか、彼女に心電図などの器具を装着する看護士達は、
みな伏せ目がちで、スピード感は感じられなかった。

母親の目の前で蘇生措置が始まった。
何度も何度も電気ショックを与えられた彼女の心電図は、
最初から最後まで、全く反応しなかった。

「残念ですが…。」

あまりにも突然の、予期せぬ出来事。
不思議な事に涙さえ出なかった。
悲痛な叫び声だけが病院を駆け抜けた。
茫然と立ち尽くしていた母親に看護士が言った。
「今からお嬢さんをきれいにしますから、お母さんは向こうへ…」
「ワタシも、居てはいけませんか?」

少しも離れたくなかった母。
「身内の方には…私達がしますから。」

しばらくして、看護士がやってきた。
「帰りはタクシーにされますか? 
乗せてもらえるか聞いてみますね。」

力のない小さな亡骸はいつもより少し重かった。
最後に吐いたもので洋服は汚れていた。

家にたどり着いた時には夜が明けようとしていた。
母親は彼女を着替えさせ、寝かせた。
そしてまだ動くうちにと、彼女の手を組ませてやった。
彼女の顔は白くきれいで、眠っているようだった。

次々に沢山の人がやってきて、号泣した。
それなのに、どういうわけか母親は泣けなかった。
そして、その晩から39度の熱が出た。
彼女の病気が母親にうつっていたらしい。



2月になると、ワタシの心は半分過去へ飛んでいく…。

ワタシの体だけを残して、
何もかも一緒に持っていってしまった、ひとつの命。
彼女が天国に上っていくのと同時に、私は抜殻になった。
彼女がいたから、頑張っていた。
彼女がいたから、耐えられていた。
彼女は、ワタシの生きていく理由だった。

あの日から、空っぽのココロで後悔ばかりした。
私にできる事は何だったのか。
神様はどうしてワタシでなく、彼女を選んだのか。
時間を戻す事が出来たなら。
ワタシが代わってあげることが出来たなら。

誰が悪かったかなんて、もう、どうでもよかった。
ワタシが彼女を救えなかったのだ。

だが、結果的には彼女は死をもって母を自由にした。
それまでのしがらみや苦悩からワタシを救うべく、
彼女は亡くなったのか。
自分がワタシを縛っているとでも思っていたのか。
それとも、重苦しい家庭に生まれてきたことを悔やんだのか。
でもワタシには、何故か彼女が
「前に進んで…。」
と言っている気がしてならなかった。

彼女の命を、無駄にするわけにはいかない。
それにワタシにはもう、守るべきものはなくなっていた。

そう思ったワタシは、それまでの日常のすべてを自ら捨てた。
何もかもがモノクロの世界になった。
どこへ行けば良いのか、誰に聞けばよいのか。
神様さえ何も教えてくれなかった。

どこにいても涙が溢れてきた。
子供を見るとところかまわず泣いた。
でもそんなワタシを救ったものは、やはり彼女だった。
彼女がワタシの中に残してくれた、“強さ”のかけら。
ワタシは、感情を押し隠して日常に戻っていった。

そして…その2年後に、運命の出会いが訪れる。
さらに、3兄弟にも恵まれた。
「もう、お子さんは無理かも知れません。」
と言われていたにもかかわらず。

時が過ぎて、少しずつわかってきた。
彼女が命をもって私に伝えたかったことが。

覚悟を持って、精一杯生きること。
生きて、考えること。
生きて、耐えること。
生きて、努力する事。
生きて、幸せを見つけて行くこと。
生きて、誰かを幸せにすること。
生きて、生きて、生きつづけて、
彼女がこの世に生まれてきた意味を、
そして、彼女が命をもって私にくれた未来を
大切に想うこと。


生きていくという事は、とても難しい。
いや、私達は運命に生かされているのだ。

いつか、彼女に逢える日がきたら、
その時は、「ごめんね」と言って彼女を抱きしめよう。

あなたの命を奪った“原因不明”とされた病気…。
今では、インフルエンザ脳症という病名で、恐れられています。
母は元気です。
元気に、一生懸命に生きています。
だからまた会える日まで、いい子で待っててね。
あなたの母さんを。


今年の命日、不思議クンと頑張ルンが
仏壇の前で小さな手を合わせていた。
「天然クンのインフルエンザを、治してください。」
そしてダディは、彼女がパッケージを気に入っていたコアラのマーチを、
いつの間にか、そっとお供えしてくれていた。



あとがき

「この記事を、アップしようと思うんだけど…」といって、
ダディに読んでもらいました。
彼の瞳から涙が流れ、静かに「いいんじゃない…。」と言いました。
ワタシの運命は、この出来事によって大きく変わりました。
そして、それまでよりさらに強くなった気がします。
どんなに苦しくても辛くても、その事から逃げる事は出来ません。
自分を救えるのは自分の心だけなのかも知れません。
読んでいただいて、不快な思いをされた方もいらっしゃるかも知れません。
その方には、深く、お詫びいたします。


よろしければ、お願いします。→アクセスランキング2

"運命を変えた出来事"へのトラックバック

トラックバック先URL

"運命を変えた出来事"へのトラックバック一覧

命の重さ

from ダディのページ at 06/02/20

爆走!!強妻頑母がゆくへのトラックバック。いろいろと、たくさん書き始めたのですが、全部消しちゃいました。ここで何書いたとしても、マムさんの言葉に対してはあまり意味を持たないでしょう。今の私にできることは、不幸にして先立った命も含めて私の家族を大切にするこ

"運命を変えた出来事"へのコメント

CommentData » Posted by ポーちゃん at 06/02/20

TITLE:
読んでいて切なくなりました。

うちの息子たちも肺炎で入院したときは、2ヶ所の病院を2日に1度くらいずつ訪れていたのに、「熱は3日は続くものだから」とか、「そんなに心配しないでも大丈夫ですから」って言葉で片付けられてました。
病院先で何度も吐いてるのに、水分も3日も取れてないというのに、処置は風邪薬のみ。
次男坊は熱性痙攣を起こしたことがあって、痙攣を起こしそうなほど目の焦点が合わない状態になったので、必死に呼びかけたり、ほっぺをたたいたりして、救急車を呼んだら「痙攣を起こしてから、呼んでくれ」といわれました。
何かあってからでは遅い…と思うから、こっちは必死にできることをやろうとしてるのに、なんて無責任なんだろうって…
かといって、自分たちで治してあげられないのだから、少しでも、いい病院、先生に出会いたいと願わずにはいられません。

長々とごめんね。でも、きっと、彼女の分までお子さんたちをしっかり大事に育ててくれるだろうと思います。がんばれ。

CommentData » Posted by キララ at 06/02/20

TITLE:
途中から涙が出てきてしまって、
なかなか読み進むことができませんでした。
マムさんの強く生きようと思うその強さは
ここからきていたのですね。
何もうまい言葉が出てきませんが、
子どもを持ったからこそ
いろいろなことを2倍・3倍と感じることができ
感謝しなければいけないな、と思いました。

CommentData » Posted by こりら at 06/02/20

TITLE:
日々の生活の中で、小さな彼女の「命」は、悲しみと同時に強さを母親に与えていくのですね。
彼女の存在が、新しい家族の未来への道しるべになりますように。
きっと彼女は、母親やその家族達を笑って見守っていると思いますよ。

CommentData » Posted by R at 06/02/20

TITLE:
何度も、何度も、何十回も、読みました

ワタシはなんにも分かっていなかった気がします
あまりに衝撃的で、そして突然すぎて、こうして文章を読んでいるだけの私ですら、呆然として、体が固って行きました

途中までは、小さな子供を抱えていたら、ごくごく日常にあるような出来事
夜中の救急病院、救急車、その対応への苛立ち。。。

だけど
ひとつの命があまりに一瞬で、わけのわからないまま消えていくなんて
「身内の方はあちらへ。。。」

手早く、事務的で
「お願いだから二人だけにして・・・・まだこんなにあたたかいのに・・・・・」
こころで叫んでばかり

その亡骸が、自分の親と子供ではまるで別物です

小さな小さな亡骸を抱いて、タクシーでうちに帰ったなんて
なんにも分かっていなかったよ
想像も出来ないよ
たまらない・・・

マムのこころには大きな大きな穴が開いただろう
マムの全身の感覚が無くなって行っただろう
マムも一緒に消えてしまいたかっただろう

ワタシだったら、ワタシだったら。。。
マムのように、前に進めただろうか。。。


勝手な感想を書いてしまってごめんね
本当に本当に
スゴイ力を、マムに残して、マムたち家族に残していった、尊く、強い、そして小さな命だったんだと思います


人が亡くなると言うこと
その”意味”が
母が亡くなって1年、少しずつ自分にも入ってきた気がしています

マムの娘さんの”力”を
ワタシは、マムという人の中に、見ます

CommentData » Posted by nonobu at 06/02/20

TITLE:
前から感じていた「マムさんの強さ・一生懸命な姿勢」は
彼女がくれたものだったんですね。

読んでいて涙が止まりませんでした。

今、私の横には、2人の息子が仲良く遊んでいます。
この笑顔が突然消えてしまったら、私は前に進めるか・・・

小さな小さな命、大きな大きな物を残していってくれたんですね。
そのメッセージを読み取り、強く生きているマムさんは素敵だと思います。

あまりのことで、ろくなコメントも残せずごめんなさい。

CommentData » Posted by 寿司屋のおかみさん小話 at 06/02/20

TITLE:
涙、涙でした。
突然の死を、どうやって受け止めたらいいのでしょう。
もし、わたしなら、と考えました。
受け止められるだろうかと。

ひとつ感じるのは、
その子はきっと、何かを伝えるために
生まれてくれた魂なのではないかということです。

偶然は無いから。
何かのメッセージを残したかったのでしょう。

お父さんの涙も、目に浮かぶようです。

この話を聞かせてくれてありがとう。

わたしも、その子のために、涙を流すことができました。
みんなの涙も、その子に届きますように・・・。

CommentData » Posted by すきやき at 06/02/20

TITLE:
あちらの世界に行ってしまった彼女は、きっと何かを伝えるためにこの世に来たのでしょうね。
それを、マムさんは、今一杯に感じて前に進んでいるのでしょうネ。

子供を守るのは、母親だと言うことはいつも実感しています。
何しろ、分身なのですから、、、

あとは、、、、、、、
コメントのしようが無く。
何を書いても、無意味な気がして・・・
一番大変で辛い人の気持ちを、どうやって癒そうかと思っても、手立ては無く、、、言葉がありません。

CommentData » Posted by ノア at 06/02/21

TITLE:
マムさん、さぞ辛かったでしょう・・・。
マムさんの精一杯の想いが、伝わってきた気がします。

「生きているあなたが幸せになることが、亡くなった人の供養になるのよ」
14年前、祖父がなくなったときに、ある人から言われた言葉です。
その時は、「そんな都合のいい考え方・・・」
と思いましたが、実際に生きているわたしはやっぱり
「生きたい、幸せになりたい、人を幸せにしたい、精一杯のことをしたい・・・」
と願いながら生きているのです。
今、生きている自分の中には、亡くなった人の想いもふくまれているのだな・・と今では思っています。

今、生きている自分が幸せになること、
それが、亡くなっていった人の供養になるのなら、いくら欲張ってもいいような気さえします。
ときどき彼女のことを思い出して
「おかあさんは、元気だよ」
と伝えてあげてください。

彼女のご冥福をお祈りいたします。

CommentData » Posted by miwamiwa at 06/02/21

TITLE:
今は、とうとうバイクを降りてしまいましたので、少し行きづらくなりましたが、ワインディングロードをとばした先にその場所があります。
生まれて来る事が叶わなかった命の、祀られる場所。

時々行って手を合わせます。
「あなたの弟と妹は相変わらず元気ですよ。」「元気すぎて親の方も大変です。」って。
生まれて来られなかったあなたには、お墓を作ってあげることも出来なかったけど、
「あなたがこの世に命の火を灯したときの喜びや、淡雪みたいにその命が消えたときの悲しみは、今もちゃんと覚えてますよ。」って。

命は全て関わりを持って繋がっていて、逢うべき人にはその時が来たら逢えるのだろうと思って暮らしています。

すいません、いつもならコメントする事自体を逡巡するような状況ですが、矢も楯もたまらず、2日悩んだ後と言う事で、なにとぞご容赦下さい。

マムさん、これからもがんばって下さい。

CommentData » Posted by とみはち at 06/02/21

TITLE:
そうでしたか。
これにはレス不要です。
私は逆に今子供たちに助けていただいてます。
死のうと悩んだ時娘がお腹にいました。
この子の為に生きようと
今を生きています。
マムさんのココロの中にもいつまでもいつまでも
彼女が生きているんでしょうね。

CommentData » Posted by ゆうたろうはは at 06/11/08

TITLE: とっても
この1ヶ月ほど強妻頑母さんのブログを楽しみに読ませていただき、全ての記事を読み終わりました。
とってもひたむきに走っている強妻頑母さんのファンになってしまいました。

初めてで失礼ですが、インフルエンザに関する考え方のひとつにこんなものもあると知ってほしくて書き込みしています。
是非↓の本をご一読していただけたらと思います。

「今年はどうする?インフルエンザ」
<http://www.amazon.co.jp/gp/product/4880496065/sr=11-1/qid=1162919792/ref=sr_11_1/249-6782903-6107530>

私の友人にも女の子をインフルエンザの脳漿で亡くした方がいます。
つらいとは思うけれど、安易に予防接種に走ってほしくないと思ってこの本を紹介しました。

じゃあ、予防接種もせず、薬をできる限り避けてどう治すの?と思われるかもしれません。
私はホメオパシーを利用したり、東城百合子先生の自然療法や「カンガエルーネット」で他のお母さんの看病記録を参考にします。

ホメオパシー
<http://www.homoeopathy.co.jp/>

カンガエルーネット
子供の病気(インフルエンザ、予防接種、副作用、薬)中心の育児サイト
<http://www.kangaeroo.net/>

カンガエルーネットにはタミフルの副作用で息子さんを亡くされた方の書き込みもあります。(掲示板 №2071. 2月7日の子)

言葉が足りず、不快な思いをされたらごめんなさい。
ただ強妻頑母さんに自分が知っていることを伝えたいという衝動を抑えきれませんでした。

"運命を変えた出来事"へコメントを投稿

上の情報を保存する場合はチェック



>>半角で入力>>

新着トラックバック

Powered by Movable Type

Template by MTテンプレートDB

Supported by Movable Type入門

アクセスランキング

ブログランキングに参加しています。