事実という不安 Category: 不思議坊主研究所
Posted at 08/07/20 PermaLink» Comment(0)» Trackback(0)»
「お母さん、おはよう。」
長男がしがみつくようにして、ワタシの隣に座った。
「ボク・・・。
今日、お父さんとお母さんに怒られる夢、見たよ。」
「そう。昨日はゴメンね。母さん怒りすぎた。」
「ううん。いいよ。ボクが悪いんだから。」
そう言って不思議長男は複雑な笑顔をした。
ワタシは彼を膝に座らせてから、キュッと抱きしめた。
「ゴメンね。大好きだよ。」
「うん。解ってる。」
******************************
夏休み初日の昨日、ダディは仕事に出かけていた。
ここのところ疲れ気味の強妻頑母は頭痛がひどかった。
「僕らは人生ゲームするから、母さんは寝てたら?」
と3兄弟が言ってくれたので、
お言葉に甘えて2階のベッドルームで横になった。
その直後のことだった。
ウトウトとし始めたばかりのワタシの元に
頑張ル次男がやってきたのは。
「母さん・・・」
も〜う、な〜に、何なのよ、休ませてくれないの、
そう言おうとしたのだが、どうも様子がおかしい。
「母さん、あのね、ゲームしてたらケンカになってね、
それで、天然がふて腐れてね、お兄ちゃんが怒ってね、」
なんだかゴチャゴチャと言い続けていたので
ワタシのボーッとした頭ではなかなか理解できなくて、
ハッキリと言いなさいと言おうとしたその時、
彼の口からやっと、驚くべき事実が飛び出した。
「で、兄ちゃんの投げたバランスボールが、
天然の背中に当たって跳ね返って、
テーブルの上のコップに当たって割れた。」
その時初めて気が付いた。
しっかり者の彼にもなかなか説明できないような事が、
ワタシの居ないリビングで起こったのだろうと。
慌てて階段を駆け下りと、「違う!聞いて!」
と先に言い訳を聞いてもらいたい不思議長男が居て、
その向こうに、割れたグラスの破片が飛び散っていた。
しかも、かなりひどい割れ方だ。
その状況を見たワタシは、何かひとつでも違えば
コレどころではない事態になる可能性があったことを
一瞬で把握した。
そして、その恐怖と怒りであり得ない声で叫んだ。
「何してるのよ!」
どういう理由なのか、どういう経緯なのかはしらないが、
長男が腹立ち紛れに投げたバランスボールは
ソファの前に居た天然三男の背中に当たり、
2メートルほど大きくバウンドして
そのままテーブルの上のグラスを直撃したらしい。
グラスはボールが当たった衝撃で割れて、
そのまま壁際の書棚の前に吹っ飛んだようで、
書棚の前に沢山の破片が落ちていた。
そして怖ろしいことに、そこで扇風機が回っていた。
テーブルの上には少量の極小さなガラスの破片しかなく、
その幾つかがテーブルに傷をつけているところを見ると
かなり強い力が加わったであろうことは容易に想像できた。
つまり、こうだ。
もしそこに…テーブルの上にグラスが無かったら、
ボールはテーブルの上で更に大きくバウンドし、
書棚のガラス扉を直撃したかもしれない。
回っている扇風機の上にガラス扉の破片が降ると
いったいどうなっていたんだろう。
想像しただけで、気が遠くなりそうだった。
いつかこういうことが起こるかもしれないと
どこかで予想していたにもかかわらず、
恐怖とか怒りとかショックとかをゴチャ混ぜにした
なんとも言えない感情を、ワタシは押さえきれなかった。
「何なのよ! どうしてくれるのよ!
何をしたか自分でわかってんの?!」
自分でも驚くほどの金切り声で
ヒステリックに叫び、そして彼を叩いてしまった。
長男も怒って大声で叫ぶ。
「もういいから!言わないで黙ってて!
どんな事か解ってるから!」
それでも、ワタシは何かを叫び続けていた。
それは、グラスが割れたことだけでなく、
起きたかもしれない事態への恐怖のせいでもなく、
彼の個性に対するのやりきれない想いを
一気に吐き出しているような、そんな気持ちだった。
それが良くないことは、十分に解っていた。
支援とは全く逆行していることも。
だけど、その時は自分自身をどうしようもなかった。
長男には、多動性や衝動性はあまり見られない。
だから学校で、授業中に動き回ったりすることもなく、
突然に誰かに手を出したりすることもない。
それゆえ、障害が理解されにくいという難しさがある。
でも、
多動性や衝動性が全くないかと言われれば、そうじゃない。
だから、ひょっとするとコレまでの心の病の経験などから、
それらを押さえ込む術を身につけているのかもしれないと、
いつかそれが出てくるかもしれないと、ずっと不安に思っていた。
というのも、長男は弟たちに対しては切れやすく、
叩いたり蹴ったりすることも多いからだ。
モチロン、男兄弟の間ではどこでもあることだが、
彼の場合にはときどき、そのタイミングや力の加減が
「普通」ではないような気がしていたのだ。
そんなことを想いながら叫び続けたワタシは、
何だかとても言いようのない気持ちになった。
そこら中に飛び散ったガラスを拾い、
掃除機を丁寧に丁寧にかけてから
ボロ布で拭き取る作業を繰り返していると、
泣けてきて、何も言いたくなくなった。
しばらくたってからやっと顔を上げ、
コレがどういうことかなのかを説明した。
でも結局、夜まで優しい母さんには戻れなかった。
そして、事が事だけに
帰宅したダディからも3兄弟に厳重注意があった。
で、夢にまで出てきたというわけ。
子育てについても支援についてもアレコレと学び、
できるだけそれに近づくために爆走している。
でも、心の奥底にある小さな不安と恐怖が
ワタシの中から消えることはない。
ワタシはどこまで行っても強妻頑母である。
この日常も、良妻賢母になれない理由のひとつ。
『早く』って言わないで! Category: 子育て持論 不思議坊主研究所
Posted at 08/07/18 PermaLink» Comment(0)» Trackback(0)»
「早くしなさい!」
「もうちょっと急いでちょうだい!」
こういう言葉は、かける方もかけられる方も
結構ストレスになるものなのだが、忙しい日常では
つい使用頻度の高くなる言葉のひとつではないだろうか。
少なくとも、我が家ではそうだ。
いや、ウチのような子供のいる場合は、
使ってはいけない言葉のひとつなのだけど。(´Д`;
大人と子供では時間の観念も作業スピードも違うのに、
ワタシたちはつい、自分たちのものさしで考えてしまう。
それに、忙しい日常の中ではマイペースな子供たちを
待っていられない事も多い。
ただ、以前書いたように『早く』という言葉もまた、
子供たちにとっては曖昧な指示のひとつである。
宿題が終わらない子供に「早くしなさい。」と言う。
では、この『早く』は具体的にどのくらいの時間なのか。
その子の得意な科目であれば、
『早く』と言われれば10分で終えられるかもしれない。
でも苦手科目であれば、たとえ30分かかっていようとも
いつもより『早く』できたと思うかもしれない。
また、大人は「こんなの5分で出来る。」
と思っても、子供には15分が精一杯かもしれない。
時間に遅れそうで「早くしてよ!」と叫ぶとき。
ウチの子供たちは「早くしてるよ!」と言う。
彼らは彼らなりに『早く』行動しようとしているのだ。
この場合も、『早く』とは実際にはどのくらいの時間を指すのか。
5分前に出かける準備が出来ていれば良かったのか。
それとも、30分前の方が良かったのか。
子供とのやり取りだけではない。
大人同士の日常の中にも、この曖昧な『早く』は存在する。
例えば、職場で鬼係長が「急いで納品するから早く!」言う。
まず、急いで納品というところが、出来次第納品なのか、
午前中に納品なのか、今日中に納品なのかが解らない。
そして、その人が30の物を仕上げるのに
1時間近くかかる人なのか、40分で出来る人なのか、
それとも30分でやっちゃうヤツなのか、個人差もある。
で、実際のところ鬼係長は急いでいたわけではなく
別のことにイライラしていたりするわけで、
それを超速20分で仕上げてやったとしても、
「早くって言ったじゃない!」と再度怒鳴るわけ。
ワケ分かんない。(*`д´*)
そういう場合は思わず、
「じゃ、競争してみる? ただし、丁寧に早く、ね。」
などと言ってしまわないように、
必右から左へ聞き流す術も要になったりするのだが。
ま、こんな強妻頑母的日常はどーでもイイのだが、
曖昧で主観的な『早く』という言葉による勘違いは、
どこにでも誰の場合でも大いに起こり得るわけだ。
では、どうすればこの勘違いによるトラブルを
上手く回避できるのだろうか。
我が家では今のところマニュアルどおりに
「指示を具体的に出す。」という方法を実践している。
実は、広汎性発達障害と言われる子供たちは
それぞれの時計やものさししか使えない子が多く、
曖昧な言葉への対応が非常に苦手である。
モチロン、我が家の長男もそうだ。
でも、いつもいつも100点の対応は出来なくて
ついつい言ってしまう。「早くしなさい!」
当然、出来ない。
言い過ぎるともっとひどいことになる。
で、ハタと思い出すのだ。
あ、そうそう。コレじゃ分かんないのよね、と。
彼らに『早く』は理解しにくい。
彼らには具体的な指示を出すべきなのだ。
「不思議、9時半には家を出たいから、
9時にはその本を片付けて、トイレにいって、
出かける用意をしてね。」
「友達と4時に約束したのね。
じゃ、3時50分までに宿題をしなさいよ。
少し急がないとそれまでに出来ないかもしれないよ。」
「今日は病院に行くから、
学校が終わったらすぐに帰ってきて。
4時45分の予約だから、15分には家を出たいな。」
「あと15分くらいでご飯ができるから
その間にココ、片付けて。」
…てな具合だ。
モチロンこの方法は、支援の必要がない子
(今どきの言葉でいうところの定型発達の子、
つまり普通の子のことね。)
にとっても効果的である。
面倒だと思われるかもしれないこの会話。
でも、何度かこの方法で指示を出していると、
この言い方の方がお互いのストレスが少ないというのを
きっと実感できると思う。
実は支援の方法というのは、
ある特定の人たちにだけでなく
すべての人にとって優しい対応法なのである。
だから、支援というモノが必要か否かという議論は、
愛が必要か否かということと同等であると
ワタシは勝手に思っている。
最後にもうひとつ、「早く」の苦手な人への対応の
応用編を書いておく。
『早く』が苦手な人は、言うまでもなく
物事への対応や動作が遅い人が多い。
この人たちの時計はワタシたちより
少しゆっくりと動いていると考えた方がいい。
つまり、ワタシたちの時計に換算すると、
ワタシたちの、1.5倍?2倍?の時間がかかるわけだ。
従って時間厳守という場合には、
少しばかりワザが必要になることもある。
例えば、午前10時から始まる行事に出席、
通常なら9時半に家を出れば間に合うとしよう。
我が家ではこういう時、弟たちより早め早めに
長男に指示をするようにしている。
更に、タイムリミットを早めておく。
つまり、通常の時計を長男の時計に換算しておくわけだ。
9時半出発のところを30分早めて9時に。
「9時には出なくちゃ間に合わないから、
8時50分には玄関に出て靴を履いてね。」
8時50分に彼の用意が完了することは殆どない。
その事は本人自身にもよくわかっていて
(ココが知的障害を伴わないこの障害の難しいところ)
プチパニックや癇癪を起こしてしまうこともある。
そんな時には
「大丈夫、母さんが暴走ちょっと急いで運転すれば
まだ間に合うから!」などと声をかけることを忘れずに。
そして、何とか9時半までに家を出れば、
行事に遅刻という最悪の経験をさせることは回避できる。
いや、むしろ成功経験を増やすことに繋がるわけである。
これこそが、本当の意味の支援ということ。
支援とは、その人の苦手を知り
失敗を避ける方法を考えるということから始まる。
さて、いよいよ夏休みに突入だ。
いっそう使用頻度の多くなりそうな『早く』だが、
その指示が上手く通らなくてイライラしたとき、
ちょっとこの具体的な方法を思い出してほしい。
「その早く 何分なのか 考える」
今日も爆走の強妻頑母にワンクリックよろしく。→
ちなみに、
嵐の真ん中へ Category: 生き方持論
Posted at 08/07/15 PermaLink» Comment(2)» Trackback(0)»
リーダーを引き受けた途端、
出張だの研修だのと忙しさが増す日々を過ごしている。
どうやら、仕上げの部門内の人的問題に関して、
何やら新しい試みが始まるよう。
それが上手くいけば、大いに環境改善するだろう。
思えばこれまでにも、職場やサークルで
こういった組織改革に携わってきた強妻頑母。
ワタシが何かを呼ぶのだろうか。
それとも、何かがワタシを呼ぶのだろうか。
どちらにしても、この種の役目には慣れてきた。
こういう場合に共通している一番の問題というのは、
誰かが(たいていの場合、この誰かが問題の人なのだが)
その職場において、いわゆる生き字引になっており、
そのノウハウを人に教えることを拒み、
小出しに、そして切れ切れにしか出さないために、
いつまで経っても他の人が育たない、ということだ。
つまり、その誰かは自分しか知らないことを
できるだけ沢山蓄積していくことによって
絶対的な自分の位置を持ち続けることができる。
それを武器に次第に横暴になり、
ついには暴走を始めるというわけだ。
長い年月の間には社内外にも持ち駒を増やしている。
こうなると、たとえ上司といえども
なかなか口や手が出せなくなる。
多くの経験から得た知的財産は
その人の頭の中にしか残されていないわけで、
下手なことをして臍を曲げられると、
何をされるか解らないからである。
その結果、仕方なく放置されている。
初期にしかるべき対応をするのが得策なのに、
たいていの場合は放置されている。
だから、ついに永年の横暴に耐えかねて
重い腰を上げようというときには、非常にエネルギーが要る。
そして、ひどい嵐が起こるというわけだ。
でもまぁ強妻頑母、片手の数ほどの経験がある。
この種の暴風雨に対する耐性は立証済みであり、
ある程度の回避方法も見つけているわけで、
きっと、封印の御札も捜し当てられるだろうと。
てなわけで、新たな職場となった小さな会社の
一部門のパート社員である強妻頑母、
育児とも家事とも特別支援とも全く別の脳を
使わなくてはならない状況になった。
ある意味、老化対策かも。
当然、午前中のみの勤務というわけにはいかなくて
突然の延長勤務も多くなってきた。
子供たちの帰る時間には家に居たいのだが、
それでも一応、常時カギを持たせることにした。
こんなハズじゃなかったんだけどな。
強妻頑母の本職は、子育系主婦なんだけどな。
ただでさえ時間の余裕のなかった強妻頑母、
ついに分刻みの生活に追われるようになり、
日々やり残したことが蓄積し始めた。
それを解決して、コレを自分の日常にするためには、
若干、爆走ペースを上げる必要があるようだ。
暑さ負けでオーバーヒートしないようにと思っている時点で、
年齢を実感する今日この頃。
リーダー、ですか?! Category: ひとりごと
Posted at 08/07/11 PermaLink» Comment(2)» Trackback(0)»
昨日、仕事を終えて帰ろうとすると
「ちょっと話しがあるから。」と係長がやってきた。
ちょっと、いや、かなりイヤな予感が。
そして、その予感は的中。
「あのね、パートのまとめ役をして欲しいんだけど。」
して欲しいと言いながらそれはお願いではなく、
もはや強制的響きである。
この係長、いつもキツイ言葉で指示したり叱ったり。
とても気分屋で言うことがコロコロ変わるので、
前にはコレで良かったのに今度は怒られるなんてことも。
彼女に対してはみんな気象予報士ならぬ
機嫌予報士にならなければならず、
上手く予測をつけられないと落雷が落ちる。
最近では、みんなそれに腹を立てたり怯えたりと
それぞれの反応がハッキリ出てくる。
ワタシはというと、いつも口角を上げているせいで
「マムさんも、腹立ちませんか?」などと言われ、
「うん。ムカついたよねぇ。」というと、
「え?…マムさんも腹が立ってたんですね。
いつも笑顔だから分からなかった!」と言われる始末。
ま、出すにしろ出さないにしろ、
係長の機嫌にみんなが振りまわされているのは、確かだ。
でも、一見、支離滅裂に思えるその言動だが、
その一部始終を冷静に見てみていると、
それには時々、ごもっともな理由も見え隠れする。
もっと上からの指示が非常に厳しいものだったり、
パートママたちの口が手より動いていたり、
年配パートさんは怒鳴られても動じないし、
若いママたちは常に自分本位だし。
それでもやっぱり係長のやり方がまずいと思うのは、
彼女がそんな不満と自分の私情やイライラをすべて一纏めにし、
あらゆる場面で発散させてしまうところである。
何に怒っているんだか、さっぱり解らない。
で、彼女は考えたんだろうね。
どうにか上手くパートを動かす方法を。
そして、気が付いてしまったのね。
個性豊かなパートたちの中に、ついつい他人に合わせて
微妙に対応を変えている外面良い子さんが居ることを。
ワタシのコレは摩擦に巻き込まれぬ秘策であって、
そして、コレはコレでけっこう体力と忍耐力がいるのであって、
あくまで、他人の為ではない自己防衛的手段なんだけど。
でも、いつもコレを期待する他人が現れてきて、
良いように利用されてしまうんだなぁ。
時にはそれで、後から傷ついたりすることもあるんだけど、
多くの場合、相手は殆ど気が付かなかったり、
自分のせいだと全く思わなかったりするんだなぁ。
とにかく、その「パートのまとめ役」の申し出は
ワタシにとっては気の重い話しだった。
そして、今日こそは絶対にウンとは言わないぞ…と、
いつもと同じように試みて見る。
…一緒に入ったんだし、そういうの自信がないので。
…ワタシのより年配の方もいらっしゃるし。
…まだ子供たちに手がかかるので。
…当分はこの条件で勤務させてもらいたいので。
何を言ってもイイよイイよと、鬼係長が終始笑顔である。
何も特別な仕事があるわけじゃないから。
仕事をみんなに配分したり、連絡したり、取りまとめたり。
彼女は笑顔で、それしか言わない。
ついに、名前だけでも貸して欲しいの!と少し強い口調になり、
最後までNOは言わせないわよ、という気迫に完敗。
しかし、そんな落ち込み気味のワタシに
更にドロップキックを決め込んだのは、他のパートママだった。
「ワタシたちは絶対にマムさんがリーダーの方が
働きやすいと思う!嬉しいなぁ!」
いや、ワタシは絶対に嬉しくない状況になると思うし。(´Д`A;)
「でも、マムさんは大変になりますよね〜。
適当にストレス解消してね〜。
絶対にやめないでくださいよ〜。」
「リーダー、お願いしま〜す。」
いや…。
キミたちのその台詞に、既に倒れそうだし。
il||li_| ̄|○il||li
さて、夜になってダディに短く経過報告をすると、
ヤツはフフフンと鼻の奥で笑って、
「マムちゃんは必ずそういうポジションになるよな。」
と、肯定とも否定とも取れる台詞を吐いた。
「だから、どうすれば良いのよ。」
「いや、負担に思わないようにすれば完璧に出来る。」
それが出来れば苦労しないし。
知ってる?
リーダーって誰よりも笑顔で、だれよりも仕事をして、
誰にも優しくないと、みんながついてこないんだよぉ。
それをしていた過去を思い出し、
あまりの月日の経過と生活条件の違いに
若干不安の残る強妻頑母である。
あなたの理解が必要です Category: 不思議坊主研究所
Posted at 08/07/07 PermaLink» Comment(0)» Trackback(0)»
先月の中頃から、本当に忙しくなった。
午前中の仕事も何となく残業が増え、
PTA新聞も最終確認や仕上げにかかり、
夏休み前の学校行事や子供予定も多く、
ワタシと3兄弟は週1回耳鼻科受診しなくてはならず、
とにかくとにかく、もはや爆走どころではなく
日常のアレコレに追われて走る、強妻頑母。
もちろん、家事や母仕事の一部は放置状態。
あっという間に7月になり、
そして既に一週間が過ぎた。
…早い。
…早すぎる。・゚・(ノД`;)・゚・
さて、そんなここ1ヶ月の間、
実は特別支援関連の講演会や勉強会などのも集中していた。
今年はなんだか不思議な縁があって、
いろいろなジャンルの話しを聞く機会を得た。
保護者向けの話しだけでなく、
教育者向けの会や小児科医による報告会に参加することで、
広汎性発達障害をより広く理解できてきた気がしている。
そう。広く。
この障害に関しては深く深く追求していくよりも、
広く理解していくことの方が大切なのかもしれない。
ひとりひとりが違う個性を持つ広汎性発達障害。
それをひとくくりにして説明するには、無理がある。
社会はまず、このことを理解しなくてはならない。
発達障害とか特別支援とかいう言葉ばかりが世に出て、
その言葉しかしらない社会が間違った理解をしていく。
間違った理解による間違った対応が、
いわゆる二次障害を引き起こしてしまう場合も多い。
広汎性発達障害なんて他人事だと思うかもしれない。
でもひょっとすると、他人事ではないかもしれない。
それを社会全体で理解するのに、あと何年かかるだろうか。
広汎性発達障害という個性を持った人。
それは、どんな場面においても
全体の6〜8%は存在していると言われている。
だが、ある県では10%という調査結果もあり、
最近では12%という説も出てきた。
そして、この障害は例えば心の病気などのように
近年になって新たに定められた病気ではなく、
やっとやっと発見された障害なのである。
パート強妻頑母の近況とか Category: ひとりごと
Posted at 08/06/26 PermaLink» Comment(3)» Trackback(0)»
実は、作り手的お仕事に就いた強妻頑母。
これまで最終仕上げ作業の殆どが外注だったこの会社で、
社内仕上げにも力を入れよう…ってな新規募集に伴い、
他の数名と共に採用されたってなわけ。
何分、パート社員を雇うのが初めてという会社側と
久々の仕事ってなパートママの間では、
それぞれにいくつかの小さな思い違いなんかもあったが、
今はそれなりに落ち着いているようだ。
いやぁ、小さな会社とはいえ、
家庭とは違う社会に出るってのはみんな大変なんだね。
そして、改めて社会にはいろいろな人がいると思う。
今は、各々が主観で物言う時代なんだよなぁ。
え?それ、言っちゃうの?
あれれ?そっちはそう来る?…みたいな。
強妻頑母、社会に新しい発見がいっぱい。 (´▽`)
てなわけで、基本的に好きな作業に没頭しつつ、
目の前や頭の上で繰り広げられる出来事に
大いにネタを頂戴している毎日。
…ただし、下書にさえ出来ず。(ノ_;)
さて、ココでのワタシ…
あ、それぞれの「仕事」や「パート」に対する意識は
それぞれの性格なんかと同じように違っていて当然で、
それについてとやかく言うつもりは全く無いので、
そこのところ勘違いないように、よろしく。
で、ソコでのワタシ。
小さな頃からクソ真面目に育てられた不器用なワタシ。
物事は早く、早くて雑ではダメ、早く丁寧にやれと、
日々言われ育ったクソ真面目なワタシ。
残念ながら、妹や弟のような器用さは持ち合わせていない。
しかも、どんな仕事でも、たとえパートと言えども、
お金をもらう仕事には責任があると思うクソ真面目なワタシ。
モチロン、コレは強妻頑母的生き方だから、
器用に力加減を考えられる他の人たちに腹が立ったりはしない。
いや、むしろ自分にもそういう柔軟さが欲しいとさえ思う。切に。
そう、自分を生きたいと。
でもまぁ、人間ってのは変わりたいと思っても
そう急に簡単に変われるものでもなく、
結局、新しい経験を重ねていくことの繰り返しなんだけどね。
実は強妻頑母、若干得意分野の仕事に就けたのと
幼い頃から叩き込まれた「早く丁寧に」のおかげで
日々、他のママの1.5倍〜2倍のスピードで仕事をしている。
(つまり、1.5〜2倍量)
しかも、作り上げる達成感と人間ウォッチングが楽しくて、
どうやら「いつも笑顔!」らしい。
他のママが出来ないとかイヤだなぁって仕事を、
「いいよ、いいよ。ワタシがやるから。(´▽`)」と
突然の残業が、だんだん突然ではなく当たり前になっても
時間が許す範囲でだったら(てか、元々が短時間だし)
快く「じゃ、O時までしま〜す!(´▽`)」と。
最近では、いつも誰かにイライラをぶつけるクセがあり、
言ってることがコロコロと変わるお天気屋の女係長さえ、
(ウオッチング〜が楽しくて、グー!( *´艸`))
と思っているんだから、そりゃ「いつも笑顔!」さ。
前にも書いたけど、
ワタシは人や物に対する見方が、少し人とは違うらしい。
つまるところ、「今の職場が楽しい!」わけ。
そりゃ、鬼係長の言動に少しムッとすることはあるさ。
でも、それをあえて笑顔で交わす駆け引きもまた楽し。
そりゃ、他のママたちの1.5倍〜2倍の仕事で
同じ時給ってのはちょっと、と思うこともあるさ。
でもまぁ、それはいつか好転するかもしれないし。
モチロン、同僚の彼女たちには全然不満もない。
少し若いママたちに仲良くしてもらってるだけで、
これまた、日々楽しいわけだ。
そして、こうして自分なりのモチベーションで仕事をしてると、
少しずつ少しずつ“量”だけでなく
“質”のある仕事を任されるようになってくるらしい。
実は今週は、とてもとても責任のある仕事を任された。
ここ数日、鬼係長と癒し系社員さんと強妻頑母にて
山のような販促製品やPR商品などの通常業務の間で、
製品とは呼べないモノに真剣に取り組んでいる。
それはもう、作品と言うべき。
小さな部屋で3人の女性のが仕上げた数十点のそれは、
大きな大きなメッセージを持って海を渡る予定。
世界中から争いが消え、この地球が青い空と海を失わず、
すべての子供たちから笑顔を奪わない、そんな未来のために
強妻頑母の小さな祈りを重ねて仕上げた、それ。
偶然とはいえ、言いようのない達成感。
そしてまた、生きる意味を知る。
こんな日々。
しかも目と手を使う仕事で、肩だけでなく全身疲労。
毎日パソコンを開けども書き進む作業に至らず。
かなり無責任にココを放置している。
でも、お久しぶりのサプライズコメントなど
とっても嬉しく拝見しています。
また、皆さんの日常もコッソリ覗いておおります。
そして、それはワタシを勇気づけてくれてます。
本当にありがとう。
そしてもうひとつ。
ひょんなことから、強妻頑母のこれからの人生が
あらあら、あらぬ方向へ向かう予感??
どこまで動くんだ、ワタシの日常。
てか、ワタシの最終的な肩書きは何になるんだ?(爆
何が突然で、どこまでが偶然で、どこからが必然なのか
もう、さっぱり、ってな最近の強妻頑母的日常。
検索でココへ来られて記事を待たれているアナタ、
そろそろ難しい記事を読みたいアナタ、
もっと真面目に書けよってなアナタ。
それから、嬉しいコメントを下さった方々。
もう少しお待ち下さいね。
記事もお返事も、落ち着いて丁寧に書きたくて。
(今週は、土曜日夕方まで仕事予定でして。)
それから、ワタシの働いている会社には
どういうワケか全国各地からの受注があり、
強妻頑母が作り上げているモノたちはアチコチで
皆さんの目に触れているに違いない。ええ、きっと。
そう思うと、更に楽し。
「気が付けば 口角あげて いるワタシ」
作り笑いなのか本当に笑顔なのか
自分でも解らない。ヾ(*´∀`)ノ
→
余談ですが…
自分について考えてみた Category: ひとりごと
Posted at 08/06/19 PermaLink» Comment(4)» Trackback(0)»
最近、自分の人生とか運命とか生き方なんかについて、
じっくり考えてみたことある?
強妻頑母はここ数ヶ月いろいろな場面で、
気がつくと、こんな哲学的思考にハマっていることが多い。
大人も子供も、男性も女性も、
1日のうちにしなくちゃならないことは意外と多くて、
そんなことに追われている間に、時間は過ぎていく。
だから生活に関係ないことなんて、考える時間はなかったり。
いや、むしろそんな小難しいことは考えない方がいいと、
そう思う人もいるかもしれない。
たしかに、そうかもしれない。
小難しいことを考えてると、結論の出ないことも多い。
でも、日常と関係ない哲学的なことを考えていると、
ときどき、思わぬ発見をすることもある。
自分の中でずっと劣等感に思っていたことを、
実は案外気に入っていたり。
自分がずっと苦手だと思いこんでいたことは、
何の取り組みもせずに放置されていたり。
これだけは自信があって得意だと思っていたことは、
いつも最終的には失敗に終わっていたり。
イメージの出来上がっていた人や過去の事実が、
見方を変えることで全く違う印象になったり。
こんな事が、意外と沢山ある。
そして、主観や思いこみを取り除いていく
この種の思考から得た結論っていうのは、
日常にありがちな喜怒哀楽の感情とは切り離されたところで
とても冷静に受け止めることができる。
そして多くの場合、そこから得たものは真実だったり。
改めて自分自身の人生を生きてみようと思う、
この頃の強妻頑母。
突然の出会い Category: 不思議坊主研究所
Posted at 08/06/15 PermaLink» Comment(0)» Trackback(0)»
「彼らのことを個性と言われる方もいらっしゃるけど、
私は、彼らは彼らの文化を持っていると思っているの。
私たちの文化を彼らに押しつけるわけにはいかない。
彼らの文化を理解していくことも必要なの。」
ああ、なんて素晴らしい表現をなんだろう。
私はこの出会いに心から感謝した。
5月のある土曜日のこと。
東京に住む高校の同級生から自宅に電話があった。
「この間の関東同窓会の講演の後の懇親会で
先生に何気なくマムさんの話をしたのよ。
そしたら、来月そっちへ帰郷する予定があるから
時間をとってお話してみようかしらと言われてね。
とても解りやすいお話だったし。
良い機会だと思うから、とにかく連絡してみてよ。」
そう言って友人は、ある方の電話番号を教えてくれた。
彼女には、発達障害についての知識はほとんどなく、
我が家の詳しい状況も知らない。
その彼女が、偶然に定例同窓会のスタッフを引き受け、
発達障害についての導入的講演を聴く機会を得た。
そして、お酒の席でこういう展開になったという。
確かにその先生はワタシたちの大先輩である。
ずっと発達障害教育に携わってこられたとのことで
知識も経験も豊富だろう。
だからといって、ワタシにとっては見ず知らずの他人。
いったい会って、何を話せばいいのだろう。
それに、障害のことはプライベートな問題である。
いや、ワタシはそのことを、
彼自身のプライバシーだとさえ思っている。
ワタシは、他人同士で話が進められたことに
少し不快感を感じていた。
とはいえ強く断る理由もなく。
結局、2日考えた挙げ句に電話をした。
初めて会話を交わす相手は、とても落ち着いた声だった。
ワタシも、自分の想いを相手に伝えられるよう
言葉を選んで会話をした。
「お母さんはかなりいろいろお勉強されているから、
ワタシがお会いしても出来ることはないかもしれない。
でも、まだお役に立てるかもしれない。
できればお宅へ伺いたい思うんですけど。」
はっ?? ウチへっ???
「できれば息子さんの日常を見させていただきながら、
お話したいと思いますので。」
え?? 何故にそこまで??
この瞬間、例の不思議な予感がしたような気がした。
ひょっとして、コレは偶然ではないかもしれないと。
さて、偶然ではないとすると
2〜3時間という限られた時間を有効に使うために
しなくちゃならないことが沢山あった。
まず、何をどう話し、何を伝え、何を教わりたいのか、
自分の中でハッキリさせておかなくてはならない。
長男の出生からこれまでの生い立ちを思い出し、
双子の弟たちそれぞれの気になる日常をも確認し、
オットの過去と現状をもう一度正しく理解し、
自分自身の心の奥底にも深く入り込む。
そうして得た膨大な事実と仮説をふるいにかけ、
伝える為にしておく準備と、知る為にしておく覚悟、
それから、特別な来客のための家中の大掃除。(笑)
2週間という時間はあっという間に過ぎていった。
さて、いよいよ当日。
迎えに出向いたダディの車から降りてきた先生は、
とても60歳とは思えないステキな女性だった。
そして彼女は、ワタシが期待した知識と経験を
すべて持ち合わせている、その道のプロだった。
ワタシの2週間の試みは無駄にはならなかった。
既にワタシには、発達障害について相談できる
教育現場の先生方と医師がいるのだが、
実は、教師にも医師にも同じ立場の母親たちにも言えない
複雑な想いや悩みを抱えていた。
自分の認識は正しいのかどうか、
自分の歩いている道は間違っていないか、
いつも自問自答を繰り返すばかりで、
ときどき例えようのない孤独感に襲われた。
でもこの機会を得たことで、
心の奥底に隠していた悩みや疑問を吐き出し、
自分勝手な仮説のいくつかのを真実にし、
更に新たな現状と多くの知識を得るに至った。
初めて、本物のプロに出会えたような安心感。
親には親の、教育者には教育者のすべきことがある。
それは、似ているようで実は異質なもの。
今の子供たちをとりまく社会には、
社会全体で正しく認識しなくてはならないことが
山積みにされたまま放置されている。
すべての子供たちは愛されて育つ権利があると、
そして、愛をを教えられて育った子供はやがて、
他人も自分も愛することができる大人になり
また愛を伝えていくことができると、信じたい。
生活環境や社会が変わっても、
どんなに過酷な時代がやってきても、
愛があれば、覚悟をもって最良の選択ができると、
ワタシは思っている。
学生時代にもっと勉強をしておけばよかった、
と言うワタシに先生は仰った。
「マムさんは、これから別のママを助けられるわ。
それに、今からチャレンジしても遅くはないのよ。
机の上で学ぶより、経験から学ぶことも多いんだから。」
いやいや、ワタシが知る限り
プロになるには5〜6年の時間と学費がかかるはず。
そんな心までも見通したかのように、
先生は微笑んでいらっしゃった。
今のところ、大学生になる余裕のないワタシは
やっぱりしばらく、ここで書くことになりそうだ。
沢山のお母さん方に知ってもらいたいと思う。
自分の子供だけでなく、多くの子供たちのことを。
自立の前に 他立のまえに Category: 子育て持論
Posted at 08/06/11 PermaLink» Comment(0)» Trackback(0)»
先月あるところで、
自立についての話を聞く機会があった。
【自立】
他の助けや支配なしに自分一人の力で物事を行うこと。
(三省堂提供「大辞林 第二版」より)
子供たちは成長に伴い少しずつ自立していく。
その自立には、前段階である他立が必要である。
他の助けや支配により物事を行う他立を経験し、
子供たちは自立していくわけだ。
例えば、誰もが必ず経験するトイレトレーニング。
オムツの時期の子供は排泄の予測がつかないが、
その子供に「トイレに行ってみようか。」と言い、
上手くいくと褒めてみたりして、
子供たちにトイレに行く習慣をつけていく。
コレが他立。
そして、子供たちはコレに慣れてくると、
便意や尿意を感じて自らトイレに行くようになる。
言われたから行くではなく、行きたいから行く。
コレが自立。
言われたからでもなく、
叱られるからでもなく、
怖いからでもなく、
自らの意志でする言動、それが自立である。
さて、自立のための他立。
でもその前に、もうひとつすべきことがある。
他立の前に、子供との信頼関係を築いておかなくてはならない。
では、信頼関係を築けていない状況での他立とは
どういうことだろうか。
新しい先生はとても厳しくて怖い。
→叱られると怖いから(叱られたくないから)する。
お母さんはいつも怒鳴る。
→怒鳴られるから(怒鳴られたくないから)する。
友達にバカにされるのがイヤ。
→バカにされたくないから我慢する。
確かに、本来の自分の意志ではない行動パターンも、
繰り返されることで身につく場合もある。
でも、身につかないこともある。
状況や環境が変わると元に戻ってしまったり。
押さえ込むことで後に別の問題が出てくることもある。
鬱積したストレスが思わぬカタチで爆発したり、
ストレスの為に心の病気になってしまったり。
信頼関係が成り立たない状況での他立は、
結局、自立の前段階にはなり得ないことが多いのだ。
他立の時点での失敗例が増えてきたと思う。
大人達は子供たちが自立したと勘違いし、
その責任が社会現象になりつつある。
責任を果たせない大人たち。
自立ができない子供たち。
そして、自立しないまま大人になっていく子供たち。
次世代の大人になっていく子供たちを
自立に導くのは大人の責任だ。
子供たちは愛ある大人に導かれて
初めて自ら成長していくと、強妻頑母は思う。
個性もいいもんだ Category: 家族の風景
Posted at 08/06/07 PermaLink» Comment(0)» Trackback(0)»
昨日は、部会でプチ討論があって
やり取りを聞いているだけで疲れてしまった。
いやぁ、みんな…言うのは簡単だしね。
誰を立てるとか立てないとかって、もうど〜うでもいいし。
それをカタチにする人が大変なのよね。
記事のひとつひとつを分担して書く方々と、
それをA3裏表にレイアウトしていく者。
仕事の負担の差はかなりのものなのだが、
ゴッタゴタと討論しているのは記事担当の方々。
ええ、ワタシはレイアウト担当。
どうしてそんな大変な仕事を引き受けたかって?
そりゃ、我が家には秘密兵器があるからさ。
(あ、ダディのことね。)
この膨大な仕事を一手に引き受けることで
無意味な話し合いの機会が減るのなら、
喜んで引き受けましょう、ってな。
さて、そんな部会から解放され、
家事を済ませてコーヒーを飲んでいると、
どこからか不思議な音が…
ホーー…ホーー…ホーー…
フクロウの鳴き声のようなその音は
学校の方から微かに聞こえ、
ダストステーションの辺りを越え、
少しずつ近づいてくる気配。
コーヒーカップを持つ強妻頑母の手が笑いに震える。
ヤツだ。
ヤツが、手笛を吹いている。
てか、もう吹けるようになったのか。
最初は年長の時のコマまわし。
それから、縄跳び、剣玉、お手玉、雲梯、上り棒、卓球。
恐るべき集中力で身につけていく不思議な能力。
今度はどうやら、手笛らしい。
本気でやらせたら、この人みたいになれるかも。
実はこの子の個性のために、
明日、思わぬ来客を迎える予定の我が家。
強妻頑母、必死で家中を片付けている。
大がかりな家庭訪問的ゲスト。
リビングだけでなく、1階全体の大掃除を強いられるワタシ。
…え?…2階には上がらないよね、きっと…。
「レイアウト 引き受け渡す はいダディ」
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